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塾長西オーストラリア出張編
(2016年度)




塾長が10月の中旬に「第2の故郷」、オーストラリアを訪れました。シンガポールで飛行機を乗り継ぎしばらく南下すると久しぶりのオーストラリア大陸が見えてきました。どもまでも平ら、相変わらず広大です。

今回訪れたのは西オーストラリア州の州都、パースです。塾長はこの街は2度目の訪問です。でも今回は出張ではなく西オーストラリア大学の学術振興財団「Raine Foundation」のご招待の「客員教授」としての訪問です。パースはオーストラリアでは第4の都市、人口は周辺地域をあわせると200万人ぐらいです。街の中心をほぼ池のような大きさのスワン川が横切っています。対岸から見ると神戸ぐらいの町並みです。

滞在中は西オーストラリア大学附属の臨床研究センターを「拠点」とさせて頂きました。


センター建物内の4階に臨床栄養・生活習慣研究センターが設けられていて、このラボに昨年の夏に神戸大学に講師として招かれたProf. Kevin Croftが主事されています。

ここでは色々な食品が人の健康にどのような影響を与えるのか?を最新の検査分析技術を持って調べている研究室です。

実際に人ボランティアを募り、センター内の試験室にボランティアが泊まり込み、特定の食品を食べた際の体調の変化を24時間体制でモニタリングできる施設も完備されていrます


塾長が座っている飛行機の座席のような椅子は「日帰り」のボランティア用だそうです。

ラボ内でちょっと記念撮影、左からProf. Croft, 中国からの留学生のウェンさん、Dr. Jonathan Hodgson, Dr Catherine Bondonno とその娘さんで修士コース2年生のNikki, 塾長をはさんで同じく修士コース2年のLauren。

滞在中に塾長はラボスタッフあるいは他大学の研究者向けに黒髭塾での研究の取り組みについてプレゼンさせて頂きました。腸管モデルについてはここパースでたくさんの関心を集め、「一緒に研究したい!」と有り難いオファーまで頂きました。腸内細菌叢は今や世界的な科学研究トピックなのだと実感した次第です。


プレゼンの労のねぎらいとして、Prof. Croftが町中の日本食レストランで昼食をご馳走してくれました。西オーストラリアは鉄や金等の鉱物資源が豊富な州なのでパースには日本企業のオフィスが結構所在しており、日本のビジネスマンがたくさんいるようで、このレストランの豚骨ラーメンの味はまったく日本のそれと変わりない美味しさでした。これで1杯800円ほどですので、値段もリーズナブルです。

帰国の前々日にProf. Croftに引率されて、西オーストラリア大学のメインキャンパスの大学本部を訪問しました。

キャンパス内には塾長が博士卒業したオーストラリア、クイーンランド大学のそれよりもさらに重厚感のある大講堂が佇んでいました。正面の壇上の奥の壁に見えるのはパイプオルガンです。


「客員教授」として塾長がいろいろ講演してくれたということで、西オーストラリア大学のPaul Johnson学長から記念のメダルを頂戴いたしました。腸内細菌叢と人の健康の関係についてJonhson学長も大変な関心をお持ちのようでした。写真の背景はオーストラリア先住民のアボリジニの伝統絵画です。

学長への表敬訪問を終え、ホッとする間もなく、今度は大学病院附属研究所に塾長は「連行」されました。この研究所の一画に「The Marshall Centere for Infectious Diseases」というラボに案内され、

何とそこの所長である、Prof. Barry Marshallと会談させて頂きました。Prof. Marshallはオーストラリアの微生物学者で、ヒトの胃の中に棲息するバクテリア、ピロリ菌と胃ガンとの関係を明らかにした功績により2005年ノーベル生理学・医学賞を受賞した方なのです。「同業者」ということもあって塾長の大腸の腸内フローラの話を真摯に聴いて頂きました。特にチンパンジーのお腹にいるビフィズス菌の素性について塾長が調べている伝えると、奇遇にも彼も類人猿由来のピロリ菌について調べているとのことでした。とても良い雰囲気の会談となり、記念にノーベル賞メダルを持たせて頂きました。大変光栄なことですが、あまりにも突然な出来事でした。さらに


Prof. Marshallの自叙伝とも言うべき書、「Helicobacter Pioneers」を自署サイン入りまでして頂きました。左下のピロリ菌の絵がとても素敵ですね。彼は若かりし頃からピロリ菌と胃ガンとの関係について研究をしていたのですが、その頃は彼の研究は殆んど評価されなかったそうで、「もう研究者をやめようか・・」と思ったことも何度もあったそうです。そんな苦労話、武勇伝が書かれた書です。「自分も頑張ろう!」、レベルの差はあるかもしれませんが、そう思った塾長でした。

滞在中は毎晩いろいろな研究者方々と会食させて頂きました。この写真は西オーストラリア大学の畜産学系研究者の Prof. Phil Vercoe (塾長のすぐ隣)のチームと、

パースにある別の大学、Curtin大学の研究者らと、


そして勿論、西オーストラリア大学臨床栄養・生活習慣研究センターの皆さんと、たいへん楽しく、有意義な時間を過ごしました。そしてオーストラリア英語は塾長にとって一番判り易い英語であると再確認した次第です。因に、彼らの「I came today」はアメリカ人とかには「I came to die(私は死にきました)」と聞こえるそうです。

帰国前日、Prof. Croft (以下Kevinと呼称) が塾長の長年あこがれの場所に連れて行ってくれました。まずパースの中心から西に10キロほどいって海岸沿いの波止場にいきました。そこに停泊しているフェリーに乗りました。

この日帰り旅行にはKevin の長年の友人、ロビン(西オーストラリア大学の化学部の教員OB; 写真左端の御仁)が同行しました。


フェリーに乗って約30分後、沖に島が見えてきました。これが塾長憧れの島、ロットネスト島 (Rottnest Island)です。長さ11Km最大幅4.5Kmの小さな細長い島ですが、地元ではA級自然保護に指定されている島です。

島に到着後、フェリーに搭載されていたレンタル自転車(ママチャリ様、ギア付き)とヘルメットが貸与されます。

Kevinも塾長も準備万端。


この出で立ちで、島内散策に出発しました。

まず驚いたのはその海の青さでした。なんでも 100種類を超えるトロピカルフィッシュやサンゴ礁が生息。サンゴ礁が生息する緯度の南限なのだそうです。

まるで奄美の与論島の海のようです。


水温はちょっと低いのですが、 その透明度にKevinは行水せずにいられなかったようです。

青い空、青い海、白い砂、どこまでもつづくなだらかな丘、もう気分は上々です。が、塾長のお目当てはこれではないのです。

塾長のお目当て探しに、美しい海岸を離れ島の内部に向いました。


島内部はちょっとした灌木地帯です。

そこにとうとう遭遇しました。路肩に大きめのネズミのような一群が。

これはネズミではありません。何百年も前にこの島最初に訪れたオランダ人がネズミ(オランダ語でロット)の巣(Nest)のような島ということから「Rottnest」という名前つけられたそうですが、この動物はれっきとしたカンガルーの一族の端くれ、Quokka (クオッカ)です。今から30年以上前、塾長のクイーンランド大学の博士論文は「カンガルー一族の食性と消化器構造の関連」がテーマでした。カンガルー一族は大小30種以上オーストラリアに棲息していますが、その中で最大の種はレッドカンガルー、そして最小の種がこのクオッカなのですが、当時大陸の東海岸沿いのブリスベン在の塾長にとってこの島はあまりに遠く、クオッカを研究の対象に加えることはできなかったのです。
<写真を拡大>

その憧れのクオッカに歳61直前に直に目にすることができて、塾長は大満足です。「長生きしてみるもんだ!」と心底思ったそうです。(注:島内の動植物には触れてはいけないルールがあるので、「寸止め」的にクオッカの背中に手を近づけている所を撮影して頂きました。)

この島は巨大な砂丘に覆われている構造で、

時々降り注ぐ雨水は砂丘の山に吸い込まれ砂丘の低地に貯まり池を形成します。


この池の真水と周囲からしみ込んでくる海水と混ざりあうので池には沢山シジミ繁殖していました。このシジミ目当てで色々な水鳥が集まっていました。

本土へ帰るフェリーの時間となり桟橋近くの待ち合い広場に立寄ました。すると、沢山自転車をこいでやっとの思いで出会ったあのQuokkaが広場の残飯狙いでここにも、

あそこにも、沢山おりました。


売店の入り口には「ネズミ返し」ならぬ「クオッカ返し」のような扉が取り付けられて、丁寧にも「クオッカ侵入禁止」のステッカーまで貼ってありました。一度人間が入り込んでしまった以上、もうそこは自然ではなくなっているのです。考えさせられるシーンでした。

本土にもどり、フリーマントルというかつて「アメリカズ・カップ」と言うヨットレースで一世風靡した港町のパブで乾杯! 本当にKevinには何から何までお世話になりました。パースの皆様、楽しく、有意義な時をありがとうございました。また会いましょう!

滞在中に海岸沿いのレストラン入り口付近で撮影した会心の1枚です<写真を拡大>。インド洋に沈んで行く太陽です。