哺乳類精子での部位特異的なcAMPシグナリングによる

受精機能の制御メカニズム

 

1958年にEarl W. Sutherland, Jr.らによって発見された細胞内シグナリングのセカンドメッセンジャー「環状アデノシン1リン酸(cAMP)」は哺乳類精子での受精関連機能の発現制御に必須の分子です。例えば,射出直後から発現が認められる主部での鞭毛運動や中片部でのATP生産機能は細胞内cAMPシグナリングの制御下にあると報告されています。他方,卵母細胞との受精に必要な一連の生理的変化を完了したキャパシテーション精子は頭部で先体反応を,鞭毛の中片部と主部でハイパーアクチベーション(超活性化運動)を起こしますが,これらの機能の発現にも細胞内cAMP濃度の上昇が重要であると考えられています。私たちの研究グループでは「家畜(ブタやウシ)および実験動物(マウス)の精子においてcAMPという単一の細胞内分子が,様々な部位でいろいろな時期に発揮される複数の受精関連機能をどのようにして調節し分けているのか」という疑問に対する答えを得るため,cAMPによって機能制御を受ける細胞内シグナリングの構成分子の特徴および動態を「精子の部位別」に解析しています。

 

ブタ精子におけるハイパーアクチベーション制御メカニズム

精子の鞭毛は軸糸周辺の微細構造の違いにより中片部,主部および終末部に区別できますが,ハイパーアクチベーション精子では中片部と主部の両部位が大きな振幅の左右非対称性運動を示します。このような鞭毛でのハイパーアクチベーションにより精子はより強い推進力を得て卵管狭部上皮細胞から離れ,卵丘や透明帯を通過できるようになると推察されています。また最近ハイパーアクチベーションの発現を制御する細胞内シグナリングに関する研究も次第に進み,とくに鞭毛タンパク質でのcAMP依存的なチロシンリン酸化反応の重要性を支持する論文が多数報告されています。私たちは家畜精子にin vitroで高率にハイパーアクチベーションを誘起できる方法を開発し,ハイパーアクチベーション精子でのcAMP依存的なタンパク質チロシンリン酸化反応が鞭毛主部だけでなく,頚部においても強く誘起されることを見出しました。頚部は頭部と鞭毛の接合部ですが,この部位での細胞内シグナリングに関する情報は見当たらず,ハイパーアクチベーションにおける役割についても全く不明でした。そこでブタのハイパーアクチベーション精子を主な材料として,細胞内シグナリングの解析を進めたところ,頚部では特定の分子 [PKA,チロシンキナーゼ(SYK),PLCgamma1PKC] が局在して部位特異的なcAMPシグナリングを形成しているという興味深い知見が得られました。

 

(以下,工事中)

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