乙藤洋一郎のロシア自然談

お題:日本に極めて近いところに残された大自然
調査地域:シホテアリン山地

 ロシア沿海州にあるシホテアリン山地において,
晩夏から初冬にかけて,地球科学の調査をする機会が1991年から昨年まで6回(計18 週間ほど)ありました.
日本から距離にしてほんの600kmのところに残された大自 然について簡単に紹介します.




“新潟空港からウラジオストク行きの飛行機が出ている.
新潟から1時間半も飛ぶと,目のしたに濃い緑の山が見えてくる.

峻峰は見えないが,うねうねとした山並みが南北に横たわっている. 日本でみなれた,山を横切る林道など見えず,ひたすら木々で 覆われて濃い.
9月に行くと,濃い緑の中に赤くそして黄色に色づく林がみえる.
10月に飛ぶと,頂上から中腹まで白い雪に覆われ,一方山麓は対照的により濃い色を見 せる.この山並みがシホテアリン山地である.最高峰は2003mとそれほど高くはない.

シホテアリン山地はアジア大陸のなかではきわめて最近に誕生した.いまから2億年 ほど前,この地はアジア大陸の東端で太平洋と接していた.太平洋の海底はこの地の 沖合いの海溝から潜り込み,海底に堆積した堆積物がはぎ取られ,この地につけ加え られてきた.ジュラ紀や白亜紀の付加体といわれれる堆積物ができあがった.7000万 年まえから火山活動が活発になり,高温の火山灰が吹き上げられ,熱いまま地上にた まり,火山灰中の軽石がその熱で溶けて火山灰とともに固まってしまった.溶結凝灰 岩とよばれる.日本でいえば笠ヶ岳をつくる岩石が同じ種類であり,かつ同じ時代の ものでもある.シホテアリン山地は7000万年から4500万年の間の造られた溶結凝灰岩 でおおわれている.そして2000万年から1500万年まえの間に日本海が拡大したとき, 東北日本がシホテアリン山地から切り離され,シホテアリン山地は日本海に面する様 になった.

シホテアリン山地でいちばん大きな町は人口10万人をこす鉱山町のダリニゴルスクで ある.ダリニゴルスクはウラジオストクから車で12時間ほどのところにある.二つの 町をつなぐ道路は,1997年までにはすべて舗装道路となり,乗用車で行くことができ るようになった.半島にある港町のウラジオストクを出て,広い平原を北に2時間車 走るとウスリースクの市街地に入る.
ここから東へ向きをかえてシホテアリン山地へ向かう.
平原はみわたすかぎり農地である.4時間ほど走るとシホテアリンのなだら かな山並みが見えてくる.ウスリー川を越えたあたりからゆるやかな坂道が始まり, 両側は森林にかわる.森は広葉樹が主体であり,森林の面積のかなりの割合はベリョ ースカ(白樺)とベリョーザの2種類の木で占められる.シホテアリン山地では広葉 樹の森もタイガとよばれている.

1991年は一車線の未舗装のでこぼこ道を走ったが, 1997年には二車線の舗装道路を快調にとばす.峠にさしかかると,記念碑にでくわす .ロシア人ではじめてシホテアリン山地を越えて日本海にでたアルセイニエフを称え るものであった.彼はデルス・ウザーラの案内により1906年に山をもちろん徒歩でこ えた.この峠から4時間でダリニゴルスクに着く.
道路はダルニゴルスクからさらに東にのびている.2時間ほど走ると日本海に出る. ダルニゴルスクを東西に通る道だけが,シホテアリン山地を横断する唯一の車道である. シホテアリン山地の山の中を南北に縦断する道はない.ダリニゴルスクから日本海に 出た道は南北にわかれる.これがシホテアリン山地地域で唯一の南北を走る道路だが ,シホテアリン山地の南部だけしかなく,北へむかうとそれは途中でなくなる.南北 にのびる道は未舗装で,乗用車では通行がむつかしくなる.車底の高いくるまが不可 欠になる.私たちもダリニゴルスクで二台の軍用トラックにのりかえた.海沿いの道 は海岸段丘の上の草原をはしり,日本海を東に見ることになる.

1996年にはダリニゴルスクからさらに400km北方のマキシモフカまで行くことにな った.ダリニゴルスクから北方には,プラスタン,テルネイ,マライヤケマと小集落 がある.これらの集落ではベーカリーだけはしっかりしていて,黒パンは結構大量に 購入できる.しかしその他の食料については食料品店であるキヨスクはあるものの, 外から来る人間用の食料はない.したがってダリニゴルスクで食・住の準備をするこ とになる.主食になるポテトは,ダリニゴルスクむ住むロシア人の友人のポテト畑に 出かけ一日がかりで掘り起こす.ポテト,鮭の缶詰,紅茶,砂糖などの食料に,炊事 道具,防寒着,釣り道具,マッシュルームを入れる瓶,ガソリンそして獣から身を守 るライフル2丁などを軍用トラックに満載してでかける.宿泊できるところもないの で,テントを積み込む.マライヤケマまで二泊行程である.

道程にはもちろんレストランなどはなく,昼になるとすこし山に入り,森の中をすす み,川沿いで車を停める.車からおりるや薪ひろいをし,焚火し,お湯をわかして紅 茶の用意をする.竿をとりだして魚をつる.入れ食いで,10cmから20cmくらいの マス,鮭の仲間がつれる.釣った魚は小麦粉をつけて食料油で空揚げにする.小さい 魚ほど味が濃くておいしい.大きい魚は煮てスープにする.オハと呼んでいた.9月 前半だとマッシュッルームをとりに山へ分け入る.たくさんの種類の茸がとれる.ベ リーもとれる.黒パン,紅茶,空揚げの魚,魚あるいはマッシュルームのスープで昼 食となる.

宿泊は,もうすこし山奥まで分け入り,川に近いところにテントをはる.ついている 時は,山の中で「猟師小屋」を見つけることが出来る.ログハウスで,6人程度寝る ことができる大きさである.かまどとペチカは必ずあり,内部をたやすく暖かくする ことができる.屋根裏は獲物置き場であり,獣の毛,鹿の角や鳥の羽が散らかってい る.大量の薪をひろい焚火し夜をすごす.焚き火の周りでウォッカをのみながらお話 しをする.酒のさかなは,釣って空揚げにしたばかりの魚である.私は木の枝をけず って強火の遠火で塩焼きの魚を酒のさかなにした.話の内容は,かって会ったことの ある熊や虎などの動物談が多い.政治についての話も好きだ.テントのまわりでは, 夕暮れになると元気な十数頭の猪が走り回り,夜中には鹿が大きな声で啼く. 海辺でキャンプを張るときもある.そのときは空一面星.天の川が,海面から空をま っぷたつに裂くように横切る.中天では天の川は二つにわかれるところまで見える. アンドロメダ大星雲がでているときは,双眼鏡にたよると写真でみるような,なかな りしっかりした星雲として観察できる.朝おきだすと,日本海にアシカが5頭,10頭 とあらわれるのを見ることができる.音楽が好きで,ラジオのヴォリュームをあげる と20mくらいまで近づいてくる.

マライヤケマから北は道路の状況は悪くなり,シホテアリン山地から流れ出る川をわ たる橋などない.天気をみつつ,川の水深と相談しながら,北へすすむことになる. トラックで渡渉するたび,川のなかには目のした60cm以上の鮭科の魚が泳ぐのが見 える.ロシア人が網をもって飛び込んで,一時間以上の格闘のすえ捕まえたことは一 度や二度ではすまない.

マライヤケマからアムグ,マキシモフカと北上するにつれますます道は悪くなる.軍 用トラックの前をスコップ,つるはし,斧,なたをもって歩く.深い轍はスコップ, つるはしで整地をする.整地ができないときは斧で木を切り倒し,なたで木の枝をき りはらい迂回路をつくる.軍用車が崖の路肩によりすぎて,崖から落ちそうになった ときは,半日がかりで路肩に石垣をつくり,車がずり落ちるのを防ぎ,もう一台のト ラックで引き上げた.一台が完全に横倒しになったときは,トラックからすべての荷 をおろしまずはテントを張りキャンプの準備をした.火をおこし,甘い甘い紅茶をゆ っくりと飲んで,気をおちつけた.もう一台のトラックで,農家をさがしにでかけた .半日後農家をさがしあて,トラクターを借りて,引き起こした.マキシモフカで北 へ行く道は終わりとなる.これから先は,船かあるいはヘリコプターの世界である. この地でまだシホテアリン山地の南端から全体の3分の1にもたっしていない.

私たちの調査は,キャンプ地からトラックで山地や海辺のほうに走り,トラックでい ける所までいったあとは徒歩となる.川岸を歩くと,けっこう頻繁に熊の足跡にでく わす.シホテアリン山地には,二種類の熊がいる.ヒマラヤンベアと呼ばれる月の輪 熊といわゆるヒグマである.一度だけ遠くに月の輪熊が動くのを見た.鹿のあしあと もたくさん見ることができる.1997年の調査では虎の足跡にでくわした.雨のあとの 柔らかい土の上に数歩の足跡が続いた後,最後の足跡は大きく深かった.力強くジャ ンプをして小川にはいったのだろうか.虎はシホテアリン山地にまだまだ生息してい るのだ.調査のあいだロシア人の肩にはもちろんライフルがかかっている.

ロシアの友人から次の様なメールが送られてきた.
Do you remember our camping near Maksimovka? This is the place, where you saw wild pigs. This November two hunters were killed by a tiger there. One man was from Maksimovka and another was from Dalnegorsk. So you can tell everybody what a risky affair it was sampling in the Sikhote-Alin!

虎はシホテアリン山地の王者として君臨しているようだ.”


日本からほんの600kmの距離のところに,こんなに豊かな自然が残されていること にびっくりします.9月〜10月の木々の葉が黄色や赤色に色ずく時期を,ロシア人た ちはゴールデンオータムとよんで,一年で一番いい季節だといいます.ぜひともゴー ルデンオータムにふたたび調査をと,彼らは私たちをさそいます.私もみなさんにゴ ールデンオータムにシホテアリン山地を訪れることをおすすめします.


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