創発計算を実現する粘菌論理計算機の構築

 

 計算は局所的・逐次的に進行する。しかし計算はどうしても計算の全体に言及しながら進行する。(1+2)x(1+ 3)を計算する場合でも、計算式の全体を知っているが故に括弧内を先に計算できる。この場合、部分と全体の関係 を知っている計算する人間は、超越的で自明な存在と想定されている。

しかしその人間もまた物質・物理過程である。 計算を実行し、実行環境を設定する人間をも含めた計算概念を想定するとき、我々は、局所的に進行しながら全体 に言及する物質過程を解読せねばならない。 このような拡張された計算概念に対する一つのアプローチとして、生体を用いて計算を構成する方法が採用できるだろう。生体の局所的反応を計算過程と考えるとき、全体として生きている生体、開かれた環境世界の中で生きている生体は、自らその都度全体概念(自己)を生成し維持しながら局所の計算を進めるのであるから。

本来生体を用いた計算機構築の動機は、このような全体に言及する局所的計算に求められてもいいはずだ。しかし DNA計算のような場合、生きている全体は利用されず、試験管環境で全体は人工的に制御されるに過ぎない。あ る問題(たとえばハミルトン経路問題)を解くにあたり、解空間の全体を並列的に探索することが、効率的な探索であ る。DNA計算は大量の計算資源(DNA)を用いることでこれを実現してはいるが、全体概念がないため、並列的に 進行する計算資源の配分は全く考慮されない。大量の計算資源ゆえに計算が重複し冗長であっても不足なく解空 間を探索するというわけだ。生体を用いる計算の場合、生きている全体(自己)の存在ゆえに、過不足なく解探索を する計算が期待できる。 過不足ない解空間の探索は、計算の全体、すなわち解空間を自ら生成することで実現されるため、計算意味論が 局所的・時宜的となる。ここに単なる計算エラーではない、創発的計算が認められる余地がある。

我々はこのような 局所的でその都度変化する意味論を伴う計算機を構築するため、電流の代わりに真性粘菌を流し、論理回路を構 築した。回路の挙動は基本的に、粘菌周辺の局所が衝突を回避するように振舞う性格と、培地化学物質の勾配に 対する走性とのいずれを優先するかの選択を利用して構成された。こうしてAND,OR,NOTなどの論理ゲートが完成 し、ブール演算が計算できる計算機が構築できた.1回の論理ゲート出力には7時間ほどかかるため、実質的計算時 間はかなりかかるが、前述の計算概念拡張のための装置として、今後粘菌計算機は大いに期待できる。