IV. 第三者評価

 

1. 平成10年度 国立大学臨海臨湖実験所白書に対する評価

基礎生物学研究所所長 毛利秀雄

 

 明治19年に東京大学三崎臨海実験所が、また大正3年に京都大学大津臨湖実験所が設置されて以来今日まで、各大学の臨海臨湖実験所がわが国の生物学の発展に寄与してきた功績は多大なものがある。過去現在において生物学各分野で活躍され、またしておられる方々の大部分は、これら実験所で学びあるいは研究をした経験を有し、その経験が後の研究の発展の大きなモチベーションとなっている。特に海洋や湖沼はあらゆる動植物の宝庫で多様性に富んでいるので、実験材料の点からも古くから国内外の多くの研究者をひきつけてきた。国立大学臨海臨湖実験所所長会議では、これまでにも色々な要望を行ってきているが、今回白書をまとめて第三者の評価を求めたことは時宜を得たことでまず評価したい。以下項目を分けて意見を述べることにする。

 

教育研究実績等について

1) 活動状況および関係方面への要望

 いくつかの実験所がセンター化され、人員、予算共に増加したことは喜ばしい。現在の諸般の状況をみると、すべての実験所に同等の処遇を求めることは困難である。それぞれの実験所で研究科、学部等と協力してセンター化を図るか、教官組織だけでも研究科、学部に完全に組み入れるなど独自の工夫、努力をすることが必要であろう。格差の問題はこのような努力によって徐々にでも解消されていくものと思われる。京大・生態学研究センター、琉球大・熱生研センターを除き、どこも少ない専任教官で頑張っているが、飛び抜けた利用者数を受け入れている東大・三崎臨海実験所の定員の少なさは突出している。経費、維持費についても今のままでは苦しくなる一方なので、新たな要求を積極的に上げていくことが必要である。文部省高等教育局だけでなく学術国際局等との接触も更に必要であろう。地理的な問題があることはよく承知しているが、このようなことを実現していく為には、次にのべる教育の問題も含め、所長および所員のメインキャンパスへの出向を厭うべきではない。

 

2) 教育実績

 過去において臨海臨湖実験所の教官はメインキャンパスでの各部、大学院教育に余り受け入れられない風潮もあったが、現在ではそういうことは無いと思われる。本白書にもある通り、各部での講義は卒研生や大学院生の獲得に大きな役割を果たすのであるから、それぞれの研究を中心とした講義を許される範囲で積極的に行い、臨海臨湖実験所での研究の面白さを訴える必要がある。母体学科が何もしてくれないと云う所も、2、3あるが、熱意が不足しているのではないか。努力している所ではそれだけの結果がでているように見受けられる。大学院での講義については、大学院生を受け入れる見返りとして相応の義務を果たす必要があろう。実習については後述する。

 

3) 研究実績および主要論文

 臨海臨湖実験所では研究対象が多岐に亙り、また所員の所属学会も異なるので発表雑誌等の質を比較することは困難である。数量的には所によってばらつきもあるが、全体的には満足すべきものであろう。この5年間に限られており、それぞれの分野の一流誌に発表されていることは認めるが、Nature, Science等の論文が見受けられないのは少し淋しい。所外研究者による研究も当然実験所の重要な活動になるのであるから、これらについても集約するか、発表論文に実験所で行われた業績である旨を明記させること等が望まれる。白書にも含めるべきではないか。なお所員等の受賞その他については、過去にもさかのぼって記すことが、実験所の重要性を訴える上で大切である。

  

臨海臨湖実習について

自大学の臨海臨湖実習についてはそれぞれ伝統あるもので、その実績、内容について特に云うことはない。公開臨海臨湖実習は最初少数の実験所から始められたが、今や全実験所で行われるようになったことはきわめて高く評価したい。学生達の教育、交流の為に大変よいことである。自大学の実習にも云えることであるが、非常勤講師の枠が許せば、材料があって専門教官がいない場合には他大学の教官にも応援を頼んで更に充実したものにして行って貰いたい。毎年あるいは全実験所で行うのは大変であろうが、本白書にもあるような分野別の公開実習は、大学院生あるいはそれ以上の若手研究者(たとえば分子生物学者)を対象として開催するのが今後の生物学の発展の為に有効なのではないか。外国人講師を招くことは是非実現して貰いたい。戦前には中学教員を対象にした実習も行われていた歴史がある。

 広くわが国を含む世界の若手、特にアジア新興国の学生、若手研究者を対象とする同様の公開実習は、既に過去にユネスコの支援の下に筑波大・下田と名大・菅島で行われたことがあり、その後が続いていない。是非実行すべきで、その為の予算を要求すべきである。わが国がやらなければ、何れその中心は中国になるであろう。

 

 

2. 臨海臨湖実験所白書を読んで

琵琶湖博物館館長 川那部浩哉

 

 国立大学臨海臨湖実験所所長会議による「平成10年度国立大学臨海臨湖実験所白書―臨海臨湖実験所における教育研究の現状と公開臨海臨湖実習の実績」を、北米・中米旅行に持っていって、一通り読ませて貰った。

 所長会議議長である広島大学の道端 齊さんが、最初に書いていらっしゃるとおり、「必ずしもスタッフの人数に恵まれておらず、予算的にも制約が多い中で、精いっぱいに教育研究の実を挙げるべく懸命な努力を重ねて」おられる各実験所の教官・職員各位のご様子が、私のような読者にも、ひしひしと伝わってくる。先ずは、各実験所の関係者と、今回まとめられた2つの検討部会の方々に、敬意を表したい。

 ここで、個人的なことを申すのを許して貰うならば、学部の時以来、京都大学の2つの実験所をはじめ、多くの大学のそれをよく利用させて頂いた。ここに出てくる22の実験所のうち、まだお邪魔をしたことのないのは5ヶ所ほどに過ぎない。しかしお手伝いしたのは、せいぜいが京大の2つの実験所で夏に数回ずつ、実習の一部を担当したぐらいで、数年間その1つの教官であったことに名義上なってはいるものの、そこの教育・研究・管理運営に携わったことはなく、したがってその苦労はまったく知らない。いや逆に、理学部大津臨湖実験所を廃止して、生態学研究センターを作るのに力を貸した人間なのだから、あるいはこの会議の「敵」になるのかも知れない。そしてその後数回、所長会議に顔を出させて貰った折りには、かなり強い批判めいたことを言ったような覚えさえある。

 率直に言おう、生態学研究センターの発足以来5年間をそこで過ごし、またその後、琵琶湖博物館に開館と同時に来て、8年あまりの館員の大変な努力を評価しつつも、むしろ今後どう発展させて行くかに、いささかは心を使っているつもりの、そのような私の眼から見れば、この「白書」の問題点は一言につきる。それは「反省」が、ある時期にはやった用語をあえて使えば、「自己批判」が、ほとんどないことだ。いや、こう申しては言い過ぎに違いないが、その「反省」が、行間からは確かに読みとれるものの、少なくとも私の日本語の能力によっては、あからさまに書いてあるとはどうしても読めなかったのである。

 生物学全体の様相が変わり、海産生物などの飼育の仕方も大きく発展し、したがって現地での研究の必要性の在り方も様変わりした現在、教育・研究の現況はこれでよいのだろうか。あらゆる実験所で、学生や大学院生を「獲得しよう」とするのは、本当に正しいのだろうか。また、いわゆる基礎科学と応用科学の境界も大きく変化してきた現在、理学部系だけがまとまっているなどというのは、それで本当に良いのだろうか。さらに、実験所間での協力は、「公開臨海臨湖実習」が中心である現状で、充分なのだろうか。近いところに集まっている実験所もかなりあるように思うが、その場合たとえば、何らかの特別な協力の必要性はないものだろうか。さらに言えば、ここに書かれているような「関係方面への要望」なるものも、個人的なあるいは大学それぞれとしてのやり方で、本当に正しくかつ充分なのだろうか。また、現存する実験所を廃止してでも、むしろもっと他の場所にこそ存在すべきだなどという、そのような可能性はないものなのだろうか。

 以上のような問題はこれとは別の刊行物に、すなわち将来構想検討部会の出す次の「白書」に、もちろん盛られるのであろう。しかしそれと、現状についてのこの「白書」における把握、すなわち、ここに挙げられている各実験所の実状に関する、所長会議の中での相互批判の結果の表明とが、表裏一体でなければならないような気も、私にはどうしてもしてきてしまうのである。

 妄言多謝、臨海臨湖実験所が日本の生物学の発展に大きく寄与してきた、その栄光をさらに発展させるためににとの、また個人的に言えば、多くの臨海臨湖実験所に長い間大変お世話になり、いやこれからもお世話になり続けるに違いないにもかかわらず、何もお手伝いをして来なかったせめてものお返しをとの、思いのあまりの発言とご理解いただけるなら、まことに幸いである。

(1998年3月24日、メキシコシティにて)