Intergenomics Seminarセミナーと勉強会

第1回インターゲノミクスセミナー

講演タイトルと講演者

「アーバスキュラー菌根共生におけるシグナル物質」
秋山康紀 先生(大阪府立大学大学院生命環境科学研究科)

 アーバスキュラー菌根共生は80%以上もの陸上植物に見られる,植物と微生物との最も普遍的な共生である。最近,我々は植物根から菌根菌に向けて発せられるシグナル物質を明らかにしたが,意外にもそれは強害雑草である根寄生雑草に対するシグナル物質として報告されていたストリゴラクトンであった。菌根菌から植物へのシグナル物質は菌糸から分泌される低分子化合物で,Myc ファクターと呼ばれている。現在,我々はその単離・同定を目指している。

世話人:中屋敷均(植物病理学)
「根粒菌とエンドファイトのゲノムからみた相互作用と生態機能」
南澤究 先生(東北大学大学院生命科学研究科)

 ミヤコグサ根粒菌、ダイズ根粒菌の環状ゲノム上には、多数の共生窒素固定遺伝子が載っている巨大な共生アイランドが見いだされ、環境中で転移してきた痕跡があり、根粒中では共生アイランド全体が強く発現していた。そこで、根粒菌の新規共生因子や生態因子を探るゲノムワイドな種々のアプローチと現況についてまず紹介したい。近年、窒素固定細菌エンドファイトゲノムが解読され、nod遺伝子・Type III, Type IV関連遺伝子・QS遺伝子がなく、一方EPS, LPSなどの表層因子は保持されていた。また、エンドファイトゲノムは再編成された痕跡が少なく、ストレスの少ない植物体内環境に適応していることが予想されている。根粒菌とエンンドファイトの機能的ゲノム比較から相互作用因子や生態機能について今後どのように探れるかについて考えてみたい。

世話人:吉田健一(生物機能開発化学)

世話人より

 記念すべき第一回目のインターゲノミクスセミナーは、共生微生物と植物の相互作用に焦点をあてた企画となり、大阪府立大学の秋山康紀先生、東北大学の南澤究先生をお迎えして、11月1日、農学部B401教室にて開催された。初めての企画ということで、聴衆が集まるかなど心配もあったが、定員が120名のB401が他学部からの教員・学生も含めてほぼ満遍なく埋まり、上々の滑り出しであった。

 先にお話をして頂いたのは、秋山先生であった。先生のご講演タイトルは、「アーバスキュラー菌根共生におけるシグナル物質」であり、陸上植物の80%以上で根に共生していると言われているアーバスキュラー菌根菌という糸状菌の一種に関するお話であった。アーバスキュラー菌根菌は、植物と微生物の間で見られる最も普遍的な共生関係であり(インターゲノミクスでは、葉緑体やミトコンドリアも一応ゲノムの保持者として一人前扱いしているので、それを除けばということにはなるが・・・)、実際の農業現場への応用的な利用からも注目を集めている菌である。秋山先生は、植物と菌根菌間のシグナル化合物の単離に取り組まれており、植物から菌根菌へ向けて出されるストリゴラクトンという低分子化合物の単離に成功され、その成果を2005年にネイチャーに発表されている。ストリゴラクトンという物質は、以前に植物寄生雑草の誘因物質として同定された経緯があり、植物寄生雑草は植物が菌根菌と共生を開始するためのシグナルを利用して寄生を成立させているという、インターゲノミクスに相応しいストーリーであった。このお話自体、大変興味深いものであったが、私が何よりも感銘を受けたのは、先生のお話には、実際に自らが手を動かし、自分の力で謎を追究していった者だけが持つ、何とも言えない迫力と臨場感があったことであった。会場もその力に酔った。私は「憑かれた」研究者が好きである。自分もそうなりたいと願っている。「憑かれる」ことは、合理性から独立しており、正気と狂気の間を漂っている。秋山先生がアーバスキュラー菌根菌に「憑かれて」いるかどうかは別にしても、お話から憑かれたように何かを追い求める「純粋な情熱」というものを感じた。誰しも、多少の野心や負けん気は持っていようが、それをプラスの力と変え、陳腐な合理や常識の壁を越えていく「憑かれた」情熱。これを持てる研究者は、本当に幸せだと思う。秋山先生のお話を聞いて、そのことを思った。

 続いて、南澤先生の登場となった。南澤先生のご講演タイトルは「根粒菌とエンドファイトのゲノムからみた相互作用と生態機能」であり、マメ科植物と共生する根粒菌と植物の細胞間隙に共生する窒素固定エンドファイトという対照的な二種の細菌のゲノミクスを中心としたお話であった。アーバスキュラー菌根菌が、不特定多数の植物と共生するのに対して、根粒菌は、非常に厳密な宿主植物との関係を築いていることで特徴づけられる。各種根粒菌は限られた宿主としか共生関係を築かず、植物への侵入の仕方も独特の形態変化を伴った複雑な過程を経て、根における特徴的な根粒形成へと至る。近年、ミヤコグサ根粒菌、ダイズ根粒菌のゲノムが決定されたが、それに伴う大きな発見は、これら根粒菌のゲノムには共生に必要な多数の窒素固定遺伝子等が載った巨大な共生アイランドと呼ばれる領域が存在することであった。驚くべきことに、この共生アイランドは環境中で他の生物から水平移行してきた形跡があることが、詳細なデーターと共に紹介された。また、一方、根粒菌ほど特化しておらず植物の細胞間隙に存在する窒素固定エンドファイト(植物内生窒素固定細菌)も近年そのゲノムが決定された。このような細胞間隙に存在する細菌がどのようにして宿主植物の認識から逃れているかは長年の謎であったが、ゲノム解析からエンドファイトは、Type III, Type IV関連遺伝子, nod遺伝子など、植物を「刺激」しそうな遺伝子を排しており、植物にストレスを与えず、自らもストレスなく、平和に暮らしていることが想像されるというお話であった。登場の際には、「秋山さんの後はやりにくいなぁ」と笑っておられた南澤先生であったが、冷静な語り口と豊富な知識、また多岐に亘った研究の内容とまったく聴衆を飽きさせないご講演であった。また、ゲノム情報が生物の相互作用解析に与えるインパクトの大きさも印象的で、大いなる示唆を与えられた学生も多かったのではないかと思われる。

 このように第一回目のインターゲノミクスセミナーは、成功裏のうちに終えることが出来たが、これはひとえに講師の先生方の素晴らしいお話のお陰である。お話の中で紹介された植物と微生物の関係の多様性には、共生・寄生の枠組みや生物種といった壁を越えた多くの示唆が含まれており、インターゲノミクスセミナーの船出として相応しいものであったと思う。また、秋山先生は、シグナル物質の単離という実際に作用する「物」の同定からの帰納的なアプローチであり、南澤先生はゲノム解析から機能や物質への展開という演繹的なアプローチという対照的なお話であったことも、ポストゲノムにおける研究展開を考える上で大変有益であった。

 毎度恒例になっていくのであるが、講演会の後には、講師の先生方と三宮のミュンヘン、北野のソネと酒席を共にさせて頂いた。講演会では詳しく聞けなかったことや、酒を交えた本音トークで、楽しい時間を過ごせたことが今も記憶に残っている。素晴らしいご講演と我々の依頼に応じて神戸まで来て頂いたことに、この場をお借りして再び講師の先生方に感謝の意を表したい。

 なお、秋山先生からは当セミナーに関して、「演者としても聴衆としても刺激的で楽しい時間を過ごせました。この研究会を通して、異分野の研究者(=教員)や学生さんが交流を深め、共通言語で生命現象を語ることができるよう発展していってほしいと思います。」というコメントを頂いた。まったく、ありがたいことである。

(世話人:中屋敷均、吉田健一)