Intergenomics Seminarセミナーと勉強会

第2回 インターゲノミクスセミナー
「ゲノムリダクション」

講演タイトルと講演者

「複合系の代謝制御 ― アブラムシ細胞内共生系をモデルとして」
重信秀治 先生(自然科学研究機構基礎生物学研究所発生遺伝学研究部門)

 アブラムシはバクテリオサイトと呼ばれる特殊に分化した細胞に細胞内共生細菌「ブフネラ」を保有している.ブフネラは約2億年にわたって宿主の母から子へ垂直感染にのみによって受け継がれ,その結果お互い相手なしでは増殖不可能なまでに絶対的な相互依存関係に至っている.演者はこの共生を支える分子基盤を知るために,ブフネラの全ゲノム塩基配列を解読した.ゲノム解析から,ブフネラは宿主にとって必要な栄養分の合成に関与する遺伝子は残しながら,安定した共生関係においては不要と思われる遺伝子を喪失しているなど,共生のギブ・アンド・テイクを如実に反映した遺伝子組成であることが分かった.本講演では,ブフネラのゲノム解析によって見えてきた細胞内共生の姿を紹介すると共に,今年米国で開始された宿主昆虫アブラムシのゲノムシークエンスがもたらすインパクトについても議論したい.

世話人:岩永史朗 (動物資源利用化学)
「植物病原細菌ファイトプラズマのゲノムから読み取る退行的進化と寄生戦略」
柿澤茂行 先生(東京大学大学院農学生命科学研究科植物病理学研究室)

 動物や植物などに共生または寄生する微生物は,宿主に依存してきたために重要な遺伝子を退行的進化によって失っていることが多い.近年、様々な病原微生物のゲノムが次々と解読され,宿主との相互作用に関する知見が蓄積し,その巧妙な寄生戦略が明らかになりつつある.ファイトプラズマは植物と昆虫に寄生する細菌である.そのゲノムを解読したところ代謝系遺伝子の多くを失っていることが明らかになった.これはファイトプラズマが栄養の豊富な環境に適応したためであると考えられた.今回はファイトプラズマのユニークなゲノム構成について紹介するとともに,最近わかってきたファイトプラズマの宿主特異性決定機構についても紹介したい.

世話人:池田健一(細胞機能構造学)

世話人より

 第2回インターゲノミクス研究会公開セミナーは「ゲノムリダクション」というテーマで行われた。アブラムシに共生するブフネラを研究している重信秀治先生と昆虫・植物寄生性のファイトプラズマを研究している柿澤茂行先生に講師をお願いした。両バクテリア共にゲノム解析が終了し、その奇妙な性質が浮き彫りとなってきている。その特徴として、生命の営みに重要な多くの遺伝子を脱落「ゲノムリダクション」させており、それら遺伝子産物の欠損を宿主に依存していることが明らかとされた。ブフネラはアブラムシが合成困難なアミノ酸を補うことを担保として、アブラムシより養分供給を得ることに成功したが、それら物質輸送に関わるトランスポーターの存在は明確なものではなかった。その一方で、鞭毛(フラジェリン)の痕跡のような構造物が多数露出している事が明らかとなった。このような構造物はブフネラの運動性に関わるものなのか、物質輸送に関わるものなのか非常に興味深い。ファイトプラズマではペントースリン酸回路を欠き、さらにATP合成酵素までもが欠損しており、「なまけものの生物」としてwebニュースにも取り挙げられたバクテリアである。このように遺伝子を欠損させた結果、葉緑体やウイルスよりも小さな「生命体」が存在してしまう事になってしまう。生命とはどこに境界線を引くべきなのか?それを担保している遺伝子セットとは何か?という疑問に一石を投じるものであった。これは例外が見出される度に繰り返されるエニグマなのかもしれない。

 また、ブフネラは共生関係において、アブラムシの発生段階をコントロールしている可能性があることが紹介され、一方でファイトプラズマでは昆虫媒介能力に重要と考えられる膜タンパク質が昆虫のアクチン、ミオシン鎖と複合体を形成し、それらの複合体形成能力が昆虫媒介能力と相関している事を明らかとした。これらの結果は、ゲノムリダクションによる退行的進化を進めながらも宿主との間に「離れるに離れられない」特別な関係が構築されてきたことを示している。これら最小単位における特異性獲得の進化モデルは大変興味深いものであり、その早期解明に期待したい。

 今回の公開セミナーには農学部以外の研究者も含めた50名近くの方々が参加され、熱心な討論が行われた。また、懇親会はバクテリア研究の出自であるメンバーが多かったこともあり、熱くマニアックなディスカッションが2次会の「ふらふら」まで続けられた。

講演者からのコメント

柿澤茂行 先生

 私は、第二回インターゲノミクス・セミナーに参加させて頂き、発表もさせて頂きました。まず最初に、参加者の数が多く、しかも教授・助教授・助手の先生方がたくさんおられることにビックリしました。また、みな活発に論議し、セミナーを楽しんでいることが伝わってきました。自分の発表においても質問をたくさんして頂き、しかも的確で示唆に富んだアドバイスが多く、自分にとってもすごく良い場で貴重な経験をさせて頂きましたし、純粋に論議を楽しめました。

 第二回のセミナーのテーマは「ゲノムリダクション」であり、自分は寄生バクテリアの発表をし、もう一人の発表者である重信さんは共生バクテリアの話をされ、もちろんテーマに沿った論議もできましたが、「共生と寄生」というテーマでも論議をすることができ、とても示唆に富んだ論議ができたのではないかと思いました。オーガナイズしていただいた先生方のねらいのうまさを実感しました。

 また、セミナー後の懇親会においても先生方と論議をすることができ、いろいろな情報を得ることが出来ましたし、楽しいひとときを過ごすことができました。

 インターゲノミクスと聞いて、実は最初はこの単語がどういう意味なのか分かりませんでした。しかし、いざセミナーに行ってみると、多様な研究領域の人達が聞きに来てくれ、しかも多様な研究分野から講演者を呼んでおり、学問的に非常に興味深いセミナーだと感じました。第二回以外のセミナーもとても興味深い内容が多く、それらもすべて聞きに行きたかったと思いました。今後も回を重ねていかれることと思いますが、東京からは遠くて聞きに行き難いのが非常に残念です。

 最後に、発表のためにお声をかけて頂き、発表のための手続きや当日の準備なども大変お世話になりました神戸大学環境応答制御学研究室の池田健一先生と、発表を快く承諾して頂きました当研究室の難波成任教授に深く感謝の意を表します。

重信秀治 先生

 今回、神戸大学農学部のインターゲノミクスセミナーに参加し、アブラムシ(アリマキ)の細胞内共生細菌のゲノム解析について講演する機会を頂いた。世界には4000種を超えるアブラムシが知られているが、ほぼ例外なく共生細菌「ブフネラ」を保持している。この、宿主昆虫と共生細菌の間にはギブ・アンド・テイクの相互依存関係が成立しており、共生細菌のゲノムを解読したところ、その共生関係が見事にゲノムに反映されていた、というのが私の講演の主なストーリーである。学生の皆さんから教官スタッフにわたる幅広い層,そして,多様な研究のバックグラウンドをお持ちの参加者の皆さんに興味を持っていただき,質疑においては核心的な質問やコメントも頂戴した.

 セミナーの形式がユニークである。二人の演者が同じキーワードのもとに講演するという形である。実は,私はその日のキーワード「ゲノムリダクション」を当日まで知らず,特にそれに焦点を当てて資料を準備したわけではなかった。にもかかわらず、私の解析結果と,もうひとりの演者,柿澤氏による植物寄生菌ファイトプラズマのゲノム解析のふたつの講演をとおして浮かび上がってきたのは,ゲノム進化におけるゲノムリダクションという特徴の共通性、そして種特異的な部分であった.ふたつの講演を総合することにより,議論が一層深まったのは私にとって想定外のうれしい収穫であった。

 私の発表したブフネラの特徴的なゲノム進化は,相利共生という種間相互作用の結果の顕著な例であるが、地球上のあらゆる生物は多かれ少なかれ他者との相互作用があり、それがゲノム進化,ひいては生命進化に大きな影響を与えてきたことは間違いない。しかしながら、ゲノム解析全盛の現代において、そのような「相互作用」の視点が欠落していることを私は常々残念に思ってきたのであるが、インターゲノミクス研究会が標榜するテーマは、まさにこの視点であり、この研究会を組織する皆さんに強い共感の念,そして仲間のような意識を抱いている.

(世話人:池田健一、岩永史朗)