Intergenomics Seminarセミナーと勉強会

第3回 インターゲノミクスセミナー
「in vivoとin silicoから迫る植物の”相互作用”」

講演タイトルと講演者

「葉緑体と核のクロストーク」
望月伸悦 先生(京都大学大学院理学研究科植物学教室)

 葉緑体の機能・分化状態に応じて、核における葉緑体関連遺伝子の発現を協調的に調節するため、葉緑体から核に「プラスチドシグナル」が伝達される。このシグナル伝達に異常を示すgun突然変異体の解析から、葉緑体で合成されるクロロフィル中間体(MgProtoIX)がシグナル因子の一つであることが分かった。本講演では、MgProtoIX合成に直接関わるGUN5 (Mg-chelatase Hサブユニット)をはじめとする一連のクロロフィル合成系突然変異体を中心にプラスチドシグナル伝達系について紹介し、ケミカルを介したオルガネラと核(ゲノム)の相互作用について議論したい。

「共発現遺伝子データベースの構築と相互作用予測への応用」
大林武 先生(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター機能解析インシリコ分野)

 マイクロアレイ技術の普及に伴い、公共のデータベースには多くの遺伝子発現データが蓄積している。これらのデータから共発現遺伝子の推定が可能であり、最近、このような共発現遺伝子群を用いて実験ターゲットを絞り、遺伝子破壊等で機能同定を行うアプローチが増えつつある。我々は、モデル植物シロイヌナズナの公共アレイデータを用いて遺伝子の共発現関係を計算し、それをデータベースとして公開している(ATTED-II, http://www.atted.bio.titech.ac.jp)。 このATTED-IIを代表とする共発現遺伝子データベースはシロイヌナズナ研究者に良く利用されており、配列の相同性検索に次いで、遺伝子の機能予測を行う手段として認識されつつある。今回のセミナーでは、ATTED-IIを用いた遺伝子機能予測、発現制御予測について実例を含めて紹介し、さらに相互作用研究への応用について議論する。

世話人:金丸研吾(生物化学)

世話人より

 望月氏の講演からは、インターゲノミクスが生物間相互作用にとどまらず細胞内の独立ゲノム間の研究にもあてはまることと、そのやりとりが一次代謝系を利用した化学物質によるシグナル伝達系によることについて前二回との関連性や連続性も意識しながら考えることができた。

 また大林氏の講演は、ゲノム内やゲノム間の相関性をトランスクリプトーム解析データを使ってアプローチできないかということで、モデル植物シロイヌナズナの共発現データベースATTED-IIの開発と利用について紹介された。植物に限定的な例としてより、情報ツールのもつ潜在的威力と、その評価や特性(構築思想)まで、これまで門外漢と思っていた人にも身近なものとして知らしめ、すでに「使える」ものができていることを実感できたように思う。

 セミナー後の質疑応答が熱を帯び長引いたためルミナリエ見物は断念しなければならなかったが、三宮で汁焼鍋を囲んでの懇親会では話題がつきず、そのあとソネでのジャズ演奏に講師のお二人も聞き入ってここちよい気分で一日を終えられた様子であった。

講演者からのコメント

望月伸悦 先生

 今回は葉緑体の発達と細胞核における葉緑体関連遺伝子の転写制御のカップリングに、葉緑体で合成されるクロロフィル中間体の一つであるMgProtoIXがシグナルとして働くという話をさせていただきました。これまでの報告から、(葉緑体の)MgProtoXIのレベルが高くなると核における葉緑体関連遺伝子(Lhcbなど)の転写が抑制され、逆にMgProtoIXレベルを低下させると転写が脱抑制されると考えられてますが、細かく調べてみると必ずしもそうではないことが分かりました。

 MgProtoIXを合成するMg-chelataseのHサブユニット変異体gun5と、その下流の合成系で働くchlMやcrd1の二重変異体では、MgProtoIXレベルが高く維持されているにも関わらず、Lhcbの転写が抑制されないことが分かりました。単細胞緑藻クラミドモナスの研究では、葉緑体から細胞質に輸送されたMgProtoIXが同様のシグナルに働くことが示唆されており、高等植物においてもMgProtoIXの局所的な濃度(局在性)が重要ではないかと考えています。MgProtoIXが何処でどのようにして認識されているのかを明らかにするため、引き続き突然変異体を用いた遺伝学的・生化学的解析を進めてゆく予定です。

 もう一つの話題としては、Shenら(Nature 443, 823-826)による、Mg-chelataseのHサブユニットタンパク質(CHLH/GUN5)がアブシジン酸受容体であるとの最近の報告について簡単に紹介し、葉緑体シグナルとABAシグナルの接点について議論しました。これについては、もう一人の演者である大林先生のご講演でもご紹介がありました。

 インシリコでお仕事をされている大林先生との(意外な?)組み合わせでお話しさせていただき、私個人としてはとても勉強になりました。せっかくの機会だったので、二人の間での擦り合わせを少しやっておけば良かったなと、これはやってみた後の反省点です(事前に金丸先生が調整を試みておられたのですが・・)。

大林武 先生

 遺伝子共発現情報の利用に際して、今まではインターゲノミクスという切り口を意識したことが無かった為、適当な例を探すのに少し苦労をしました。他種、他オルガネラの遺伝子発現情報は、近年中には利用可能になると思われます。それらのデータの利用方法を列挙できたことは、データベースの将来性を考える上で、私にとっても価値あるものでした。

 当日は多くの意見を頂くことができ、有意義なセミナーを企画され、招いて頂いた先生方に感謝致します。

(世話人:金丸研吾)