Intergenomics Seminarセミナーと勉強会

第49回インターゲノミクスセミナー
「こんなところにウイルス?!振り返ればヤツがいる、狩人たちの箱庭(しゃかい)形成」

講演タイトルと講演者

「本日の温泉のウイルス模様は、レモン、ときどき月着陸船、所によって一時ブルゴーニュワインでしょう」
望月 智弘 先生(東京工業大学 地球生命研究所)
「ウイルス社会におけるルール形成」
宮下 脩平 先生(東北大学大学院 農学研究科)

世話人より

第49回インターゲノミクスセミナーが、令和元年11月22日(金)15:10より農学部B101教室で開催されました。セミナーのテーマは、「こんなところにウイルス?!振り返ればヤツがいる、狩人たちの箱庭(しゃかい)形成」ということで、望月先生(東京工業大学)と宮下先生(東北大学)をお招きして、ご講演をいただきました。50名近くのオーディエンスが集まり、質疑応答の活発に行われ盛況な会になりました。

望月先生には、「ウイルスは生きているのか?」という命題について原核生物であるアーキア(古細菌)を宿主とするウイルスを中心に紹介して頂きました。アーキアは生物分類において真核生物や真正細菌とは異なるドメインを形成しており、その生態はユニークです。微生物は、私達が普段目にするいわゆる「普通の環境」だけではなく、高温や低温、極端なpH、高塩濃度など「極限環境」にも生息し、生物がいるところには必ず「ウイルス」が存在します。その極限環境で優占するアーキアからはレモン型、ワインボトル型、バネ型など、他のドメインの生物種を宿主とするウイルスとは異なる奇妙な形をした「映える」ウイルスが見つかっています。これらのウイルスの不思議な魅力とともに、これらのゲノムがDNAであり、RNAをゲノムとして持つ極限環境のウイルスが未発見であることが、生命の出発点はRNAであるとしている「RNAワールド仮説」に疑問を呈する可能性があることを紹介して頂き、生命の起源やウイルスの進化について色々考えさせられる講演となりました。また、アーキアのウイルス学の難しさや、惑星の起源における生命の起源の位置付けなどの紹介だけでなく、この研究を始めるきっかけとなった進路決定の話や、実際の「ウイルスハンティング」の話など、学生にも重要なキーワードが満載の熱量の多い内容でした。

一方、宮下先生は、真核生物である植物を宿主とするRNAをゲノムとして持つウイルス(キュウリモザイクウイルス、トマトモザイクウイルス、ムギ類萎縮ウイルス)の社会性について紹介して頂きました。DNAウイルスと違い、RNAウイルスはゲノムの複製時に変異が起こることが多く、その変異が自己の生存に有利である場合もあれば、「自己の生存を脅かす」ものである場合も多い。この自身に不利な変異が生じたゲノムを持つウイルスも、同一細胞に正常なゲノムを持つウイルスが共感染していれば、正常なゲノムから合成されたタンパク質を横取りして、生き残る可能性がある。このようなウイルスは「フリーライダー(タダ乗り野郎)」と呼ばれ、同一ウイルス集団の厄介者でもある。集団内に厄介者が現れた時、彼らとどのように付き合っていくのが良いのかを示唆する、数式によるシミュレーションモデルを提唱され、それを確認するための人工的に作出した厄介者ウイルスと堅気のウイルスを用いた感染実験について紹介頂いた。感染拡大過程において、次の宿主細胞に感染するウイルス個体の数が少ないほど、厄介者を排除できるが、感染に失敗する確率も上がってしまうというジレンマが生じている。このジレンマを解決するギリギリのラインが、5~6個のウイルス/細胞であることを示された。このように、まるで人間社会のようなウイルスの社会維持機構について面白おかしくお話しいただいた。また、どうすれば、厄介者の生存をコントロールできるかの実験では、カラーボールを用いた感染確率実験を実際にオーディエンスとともに行ってみるなど、一体型の楽しい講演内容でした。

講演者からのコメント

望月 先生

このたびはインターゲノミクスセミナーにお招きいただき、ありがとうございました。熱水環境に生息する微生物(好熱古細菌)の存在は、我が国には温泉が多数あることもあり、比較的知られてきています。一方でその(超)好熱古細菌に感染するウイルスの存在は、日本ではほとんど知られていません。というか、世界でもほとんど知られていません。しかし、これら古細菌ウイルスは、その形を目にすると誰もが「えっ、こんな面白い形のウイルスがいるの!?ナニコレ!?」と驚きます。私は、学部4回生の春に研究室に配属された直後に、偶然この「ウイルス版ナニコレ珍百景」と衝撃の出会いを果たし、既にその時から『古細菌ウイルス』を一生のテーマにすることを決めました。かれこれ十余年、古細菌ウイルスの「ナニ?コレ?」を解明しようと、今も世界各地の温泉を巡りながら古細菌ウイルスハンターをしています。今回のセミナーでは、えらく核心を突いた鋭い質問もあり、皆さんに楽しんでもらえたようで私自身も楽しい一日でした。是非これを機に、「古細菌ウイルスをやってみたい」という若い(鼻息の荒い)学生が出てきたり、将来的に共同研究に繋がることなどを楽しみにしています。

宮下 先生

 お招きいただきありがとうございました。望月先生の古細菌ウイルスの話題とのカップリングは非常に大胆なようでありながら、ウイルスや生命の本質を探るという共通項もあり、演者として楽しませていただきました。上にご紹介いただいたように、タンパク質を横取りする厄介者をうまく排除する仕組みをウイルスは複数もっており、それが人間社会のルールのようだという趣旨でお話ししました。考えることができないウイルスですら人間が考えてつくるルールのようなものを適応により形成することの面白さを、皆様と共有できていましたら幸いです。ところでウイルスと違って人間は「考え」という減らない財産を互いに出し合い、交配(?)してより大きな考えを生み出すことができます。インターゲノミクスセミナーはそのための場であると理解しました。私自身、質疑を通して考えが再構築された部分もあり大変感謝しております。一方で、お集まりの皆様の中に「自分の研究対象にも社会性が見えた!」という方がいらしたら幸甚です。

(世話人:池田 健一、松尾 栄子)