Intergenomics Seminarセミナーと勉強会

第54回インターゲノミクスセミナー
「次々湧き出る感染症~今ある病原性ウイルスと戦いつつ次の勃興に備える~」

講演タイトルと講演者

「君はコッホの原則を満たせるか?新たな感染症発見の裏側」
松野 啓太 先生(北海道大学 人獣共通感染症国際共同研究所)
「ウイルスによる宿主への感染戦略」
岡本 徹 先生(大阪大学 微生物病研究所 高等共創研究院)

世話人より

第54回インターゲノミクスセミナーが令和3年11月19日15時00分から農学部B401にてハイブリット形式で開催されました。今回のセミナーのテーマは「次々湧き出る感染症~今ある病原性ウイルスと戦いつつ次の勃興に備える~」とし、北海道大学 人獣共通感染症国際共同研究所の松野啓太先生と大阪大学 微生物病研究所 高等共創研究院の岡本徹先生にご講演いただきました。幸運にも国内のCOVID-19発生が抑えられている期間であったため、2年ぶりに2名の先生方に講師として来神して頂き、講演をお願いすることができました。

まず、松野先生には、2019年に北海道で発生した急性熱性疾患の原因である、新しいダニ媒介性のウイルス、エゾウイルスをどの様に分離したかについてお話ししていただきました。近年、網羅的解析手法の発展に伴い、様々な新しいウイルスの存在が次々と明らかになりつつあります。しかし、あるサンプルからウイルスゲノムを見つけるのは容易になっても、そのサンプルからウイルスそのものを分離するのは未だに困難です。特に、臨床サンプルから分離されたウイルスが「本当にその疾患の原因なのか」を明らかにするためには、19世紀後半に確立され発展を遂げた「昔ながらの」病原微生物学の知識・技術を駆使しなくてはいけません。松野先生には、患者さんからのエゾウイルスの分離・同定、さらには、国内のダニや野生動物におけるエゾウイルスの疫学調査について発表していただきました。また、同定に至るまでの苦労話、野外調査(ダニ探し)の面白さ、ウイルスを命名するにあたってのアレやコレについて教えていただきました。

次に話は大きく変わって、岡本先生には、現在にヒトに重篤な疾患を引き起こすウイルスの一つである、C型肝炎ウイルス(HCV)がどの様な戦略でもって着々と宿主を侵略していくのかを明らかにしてきた基礎研究とその成果を利用した新規治療薬開発という応用研究について、熱く発表していただきました。先生には約7年(27回)ぶりに、講演をお願いしたのですが、前回からさらに深いHCVの世界について教えて頂き、7年間で如何にHCV研究が迅速に遂行されているのかということを目の当たりにしました。さらに今回、先生には、現在パンデミックの終息に向けて世界中のウイルス学者たちが、かつてないスピードで研究を進めている新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)に関する基礎そして応用研究について発表いただきました。特に、SARS-CoV-2のレセプターに様々な変異を入れ、「よりウイルスに結合できる」変異を発見し、この変異を導入した偽レセプターを使って、ウイルスを「騙して」細胞への感染を成立できなくするという研究成果についてご紹介いただきました。この「よりウイルスに結合できる」のがなぜかを調べる過程で、COVID-19治療法につながる知見を得られたとのことで、今後の展開が楽しみです。 講師の2人の先生の、研究に対する熱意そしてワクワク感がとても伝わるセミナーでした。また、参加者も対面・オンライン合わせて50名を超え、活発な議論が行われました。専門的な質問だけではなく、学部の学生さんからの基本的なウイルスについての質問もあり、ウイルスへの関心の高まりを感じさせるセミナーになりました。

講演者からのコメント

松野 先生

インターゲノミクスセミナーにお招きいただきありがとうございました。偶然にも第4波と第5波の凪のような期間に開催していただいたことで、私にとっても貴重な対面での講演機会となりました。今回ご紹介した未知のウイルスによる感染症発見にまつわるあれこれは、新種のウイルス探しをテーマの一つとして研究している研究者でもなかなか遭遇することのできない稀なできごとです。病気は我々の身近なものですが(あまり身近になられても困りますが)、教科書には書かれない、病気の原因を証明する研究者たちの奮闘の一端を知ってほしいというのが今回のメインテーマでした。また、100年以上前に提唱されたコッホの原則が今でも使われる頑健なものであることを実感してもらえたのではないかと思います。質問にもありましたが、現在では、コッホの原則が成立しない、あるいはコッホの原則すべてを証明するのが極めて困難な感染症も存在することが分かっています。そうした感染症の研究者たちは何をどう工夫して困難を乗り越えてきたのか、今回のセミナーをきっかけに興味を持っていただけたら幸いです。

岡本 先生

第54回インターゲノミクスセミナーに参加しました。本セミナーは、幸運にもコロナウイルスによるパンデミックの中でも感染が抑えられている短い期間に開かれ、私としても久しぶりのFace-to-Faceによる研究発表となりました。
発表内容は長年研究を続けているC型肝炎ウイルス (HCV)に関する研究と新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の研究に関する内容を話しました。HCVでは、ウイルス粒子を形成する機能があるコア蛋白質に関する研究を続けています。コア蛋白質はシグナルペプチダーゼ(SP)による切断を受けたのちにシグナルペプチドペプチダーゼ(SPP)によって、もう一度切断を受けて、小胞体から細胞質へと局在が変化します。私は、コア蛋白質がどうして2回も切断を受ける必要があるのかという疑問を持って研究を進めています。本研究内容は分子生物学的な実験が多く、説明してもポカ?ンとされることが多いので、私自身の説明能力ももっと頑張らねばといつも感じます。
SARS-CoV-2に関する研究では、ACE2デコイを用いた治療戦術に関する研究を発表しました。こちらの研究では主に、動物モデルを用いた検証に関して研究発表をしました。同日に発表をされた松野先生による新規のダニ媒介ウイルスのエゾウイルスの同定と解析に話も大変興味深く、新しいウイルスというのはこのように発見され、世に発表されるのだと学ぶことができました。私もフィールドに出て、ウイルスを探索してみたい気持ちになりました。
セミナー前後での神戸大学農学部の先生方との交流でも多くの意見交換を行うことができ、現地での発表でしか得られない機会の重要さを再認識できました。コロナウイルスのパンデミックが収まり、再び研究者同士の活発な交流が再開されることを祈念し、その機会を与えてくださった、世話人の先生方に心より御礼申し上げます。

(世話人:松尾 栄子)