(2)新興型腸炎ビブリオの流行要因に関する研究



1. 新興型腸炎ビブリオの血清型変換メカニズムの解明

fig1  1996年以降、腸炎ビブリオによる食中毒において、様々な遺伝学的手法から単一のクローンから派生したと考えられる菌株による事例がアジアを中心に世界的な拡大を起こしており、これらの菌株群は新興型腸炎ビブリオ(Pandemic clone)と総称されています。しかしながら、世界的流行を起こしている要因については依然として解明されておりません。腸炎ビブリオは菌体(O)抗原と莢膜(K)抗原の組み合わせにより血清型別されており、新興型腸炎ビブリオの血清型はそのほとんどがO3:K6です。ところが近年、異なる血清型の株が次々と臨床的に分離されており、これらの株はO3:K6株から血清型が変換する事により出現したと考えられています。私たちの研究では、血清型(表層抗原)の変換は、ファージの感染を逃れるうる事から、これが流行の要因の一つとなりうるのではと考え、血清型変換のメカニズムの解明を試みています。現在までにゲノムが決定されている新興型腸炎ビブリオO3:K6株の塩基配列から、これまで腸炎ビブリオでは明らかにされていなかったO:K血清型に関連する遺伝子群の塩基配列を推定し、新興型腸炎O3:K6株から血清型が変換し、出現したと考えられている株の一つで あるO4:K68株の同配列を決定しました。その結果、O:K抗原合成関連遺伝子群はクラスターを形成し、決定したO4:K68株の同塩基配列はO3:K6株と全く異なっており、血清型の変換は少数の塩基置換や欠失、挿入では説明できず、これらの塩基配列の大規模な置換によることが明らかになりました(図1)。
 また、決定したO4:K68抗原関連遺伝子群のスキャニングPCRを他の血清型株に対し行った結果、新興型でないO4やK68血清型株でO抗原およびK抗原に関連する領域において、O4:K68株と類似した遺伝子群を保有すると考えられました。以上から、本研究で同定した領域が、他の血清型株(あるいは他の菌種)における同領域と組み換わる事により、新たな血清型の新興型株が出現していることが示唆されました。
 近年、同じビブリオ属であるコレラ菌において、甲殻類やプランクトン等の体表成分であるキチンの存在下かつ貧栄養な条件下で培養すると菌体外DNAを菌体内に取り込み、形質転換を起こす事が、科学雑誌「Science」で報告されました[Science (2005) vol.310, p.1824-1827.]。さらに、上記培養により、実験的に血清型がO1からO139に変換した株が出現した事が報告されています[PLOS pathogens (2007) Vol.3, p.733-742.]。上記培養条件で発現が高くなる遺伝子のホモログをゲノムが決定されている新興型腸炎ビブリオO3:K6株も保有することから、以降の研究では、上記培養条件すなわち、我々が同定したO4:K68株のO:K抗原関連遺伝子群に薬剤耐性マーカーを挿入した変異株のDNAを抽出し、人工海水中でカニの甲羅と共に培養した新興型O3:K6株に添加することにより、血清型がO3:K6からO4:K68に変換した株(マーカー薬剤に耐性になった株)が出現するか、そして、この変換が新興型株に特徴的であるか新興型でない株と比較する事により検証していく予定です。



戻る