(4)食水系腸管感染症起因細菌の迅速・簡易検出法、新規疫学手法の開発に関する研究



1. EHEC O157,O26を一次スクリーニングするためのPCR法の開発

fig1  志賀毒素産生大腸菌(STEC)、特にそのうちEHECと呼ばれているグループは、軽い下痢から溶血便・溶血性尿毒症(HUS)を伴う重篤な症状に至るまで、広範囲な疾患を引き起こすことが知られています。STECの産生する志賀毒素(Stx)は宿主の腎細胞に致死的な障害を引き起こす事から、これらの病状に関わる主な毒素因子として考えられており、大きく2つのタイプ(Stx1,Stx2及びその亜型)に分けられています。また、A/E病巣の形成もEHECの病原性に関与している。A/E病巣は腸管病原性大腸菌(EPEC)で初めて報告されたもので、局部における微絨毛の消滅、及び細菌と宿主のインチミンを介した接着を特徴としていいます。EHECはStx(stx1あるいはstx2もしくはその両方)とA/E(eae)遺伝子の双方の遺伝情報を有していることから、STECとEPECの性質を兼ね備えています。また、EHEC感染症を引き起こす菌株については、血清型による特徴も報告されています。
 過去数年間、本菌による食中毒事例は大部分がO157によるものでした。しかしながら、近年になってO26による事例が増加傾向にあり、まだまだO157による事例が多いものの、O26による被害も軽視できないものとなっています。この状況を受け、昨年11月に厚生労働省よりO26を検査対象に含めた新たな衛生管理法が制定されました(厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課長発行第1102004号)(図1参照)。このことから、現在O157とO26を同時に検出する簡便で迅速な手法が求められていますが、現在のところそのような検出法は確立されていません。また、私たちはこれまでの研究で、O157に特異的なDNA断片を検出ておりますが、そのDNA断片の塩基配列を決定したところ、toxB(efa1)というプラスミド上に存在する遺伝子であること、さらに本遺伝子はO157とO26に特徴的である遺伝子であるということが明らかとなりました。
 以上の所見から私たちは本遺伝子の特異性を利用して、EHEC O157及びO26を同時、かつ迅速に検出できる手法の確立を試みました。その結果、本遺伝子がEHECのO157、O26という血清型に特徴的な遺伝子であることが確認され、これを利用して、本遺伝子を利用したEHEC O157,O26を一次スクリーニングするためのPCR法を開発しました。今回開発されたPCR法は精製DNAをテンプレートとしてその特異性が確認されているだけなので、今後はこのPCR法が食品検体に混入する標的細菌の検出に有用であるかを検討して行く予定です。

2. 病原性コレラ菌の新規DNAフィンガープリンティグ法の開発に資する研究

 コレラは代表的な経口感染症の1 つで、コレラ菌(Vibrio cholerae)で汚染された水や海産物を摂取することによって感染し、通常通常12〜24時間に潜伏期の後に、下痢、おう吐、腹痛、発熱などの急性胃腸炎症状を呈する。多くは数日で回復するが、ときに激しい水様性の下痢を起こし適切な補液措置がされないと死亡にいたる場合があります。V. choleraeはその表層抗原の差異によって200ほどの血清型が知られていますが、人に病原性のあるものはコレラ毒素を産生するO1型とO139型である。O1型については、吸収抗血清によって小川型、稲葉型、彦島型という亜型に分類され、また生物学的特徴の違いから、古典型とエルトール型という2つの生物型に分類されています。これまでにコレラの世界的流行は7 回にわたって記録されていますが、1961年にインドネシアに端を発した第7 次世界大流行は、それまでのアジア型と異なるエルトール型のV. choleraeによるもので、また1993年以降にはO139型も出現し、これらの血清型菌による流行が現在もインド、東南アジア、アフリカ地域を中心に世界中に広がっています。
 我が国におけるコレラ発生は主に流行地域へ短期間渡航した者が帰国して発症する事例でしたが、近年海外渡航歴のない者の発症事例、すなわち国内で流通する輸入食品を介しての感染が疑われる事例が散発しています。現在,我が国は食料供給の6割を輸入に依存しており、なかでも,アジア諸国からの農林水産物・食品が輸入全体に占める割合は約3割にものぼっています。このため,輸入農林水産物・食品を介したアジア地域からの病原性V. choleraeや鳥インフルエンザ等の病原微生物の我が国への侵入が大いに危惧されています。平成16年フィリピンでのコレラ集団発生を受け、フィリピン産の生鮮魚介類のコレラ菌の汚染実態調査が国や地方の検査機関で実施されたことは記憶に新しいところです。このようなことから、輸入食品介在が疑われるコレラが我が国で発生した場合、「農場から食卓までのフードチェン」を網羅する迅速かつ正確なにおける迅速かつ正確な特定システムの確立が国家的急務となっています。
 食水系細菌感染症による感染事例が発生した場合、その原因と推定される食品・水検体との因果関係を決定するために、患者および食水検体から分離された菌のDNAレベルでの照合が必要となってきます。近年、分子生物学の進歩によりこの照合を行うための分子生物学的手法が多数開発されています。中でも、パルスフィールドゲル電気泳動法(pulsed-field gel electrophoresis : PFGE)を用いた疫学解析は有効な手法として使われており、サルモネラ、カンピロバクター、腸管出血性大腸菌といった病原細菌によって汚染された食品や水を介在した感染事例での汚染ルートの特定に有用なDNAフィンガープリンティング法であることが示されています。
fig1  V. cholerae O1, 並びにO139に関しても, Pulsed-Field Gel Electrophoresis(PFGE)法やAmplified Fragment Length Polymorphism(AFLP)法など, 様々な疫学解析法を用いた研究が行われているいますが, 本菌が高度に保存されたゲノムDNAを有するため, 個々の菌株を識別する有用な手法は未だに確立されていません。そこで私たちは, 個々の菌株に特有なDNAを検出することが可能なRepresentational difference analysis (RDA)法を用いて, V. choleraeにおける可変異遺伝子, もしくはDNA領域の特定を試みました。具体的な方法としては、1977年に国内で分離されたV. cholerae O1(Ogawa)株をTester、1991年にインドで分離されたO1(Ogawa)株をDriverとして用い, RDA法を試みました。得られたTester特異的DNA断片の塩基配列を決定し, GenBankに登録されている塩基配列データとの相同性解析を行った結果, Testerに特異的なDNA断片が複数確認されました。 それらのDNA断片の相同性解析を行ったところ, 特異的DNA断片の多くがインテグロン領域に存在している未特定遺伝子(hypothetical protein)であることが判明しました。インテグロン領域は, 過去に行われたマイク ロアレイ解析においても菌株ごとにバリエーションが存在することが確認されているため, 本領域におけるPCR-Restriction fragment length polymorphism(PCR-RFLP)法やmultiplex PCR法により, 個々の菌株を識別できる可能性があることが示唆されました。







戻る