(5)Streptococcus gallolyticus感染症に関する研究



1. Streptococcus gallolyticus感染症に関与する病原因子解明に資する研究

 Streptococcus gallolyticusはかつてS. bovis biotypeTとして分類されていましたが、1990年代にOsawaら によって、没食子酸脱炭酸活性を有する1群がS. gallolyticusとして再分類されました。本菌はhousekeeping gene の1つsodAの種特異的配列を標的としたPCRにより種が確定され、没食子酸やその他のフェノール酸の代謝能、タンナーゼ活性の生化学性状の有無により更に3亜種(S. gallolyticus subsp. gallolyticus、S. gallolyticus subsp. macedonicusS. gallolyticus subsp. pasteurianus)に分類されます。
 本菌は通常ヒトを含んだ様々な動物の腸管内に常在しており、正常細菌叢を構成していますが、一部の菌においてヒトに心内膜炎や髄膜炎などを引き起こすことが報告されています。これらの報告によると、直接的な因果関係は未だに解明されていませんが、特に大腸がん患者から本菌が高頻度に分離されています。更にヒトだけでなく家禽に対しても疾病を引き起こすと報告されており、主に欧州において鶏の敗血症が10年以上前から頻発し、日本でも山口県、鹿児島県の食鶏処理場、養鶏場で発見された敗血症の鶏の病巣部から本菌が純培養的に分離されています。ヒト、動物双方に感染するレンサ球菌はStreptococcus suisStreptococcus canis 等が確認されています が、これらの菌と同様にS. gallolyticusも人獣共通感染症の起因菌となり得るのではないかと危惧されています。
 一般に細菌の病原性に関わる因子は侵襲性、毒素産生性、宿主免疫回避能などが挙げられますが、S. gallolyticusと同様に細菌性心内膜炎を起こすレンサ球菌は、接着性が病原性発揮に関連すると言われています。例えば、Hirotaらは、菌体表層のシアリルルイスx糖鎖がヒト臨床分離株で動物腸内常在株より有意に高く発現していることを報告しています。シアリルルイスx糖鎖はヒトや動物の好中球等に高発現し、炎症を起こした血管内皮や心内膜に発現するE-セレクチンに結合して好中球を接着させるリガンドとして知られています。Hirotaらは、、臨床分離株はこのリガンドを高発現させてヒトの好中球を疑似することで宿主の血管内皮や心内膜に容易に接着し、その結果、敗血症や心内膜炎を引き起こすかもしれないと考察しています。他方、S. gallolyticus株の接着関連遺伝子(例えば線毛、アドヘジン等)に注目した研究もいくつか報告されています。例えば、Sillanpaaらはヒトに病原性を有すS. gallolyticusはヒトコラーゲンへの接着性が高いことを報告しています。他方、Vanrobaeysらは線毛の有無で家禽に対する病原性に差が見られる、換言すれば強毒株に は線毛が存在すると報告しています。2010年にはRusniokらによりS. gallolyticusの全塩基配列が決定されました。その結果S. gallolyticusは線毛を構築すると考えられる複数の遺伝子を保有していることが示唆されました。しかしこの所見は、ヒト臨床分離株の全ゲノム解析によるものであり、動物腸内常在株やトリ臨床分離株におけるこれらの遺伝子の有無については全く報告されていません。
 そこで我々は、「S. gallolyticusにはヒトや動物に疾病を引き起こす所謂病原株と非病原株が存在するのではないか?」という仮説を想起しました。この仮説を検証する為、まず、菌株識別を既に行い同一クローンでないと確定している様々な由来のS. gallolyticus 36株において、ヒト臨床分離株で接着関連遺伝子として他の研究者らによって挙げられている15の遺伝子の保有状況をPCRで調べました。その結果、15の遺伝子はいずれもヒト臨床分離株に偏在することはなく、健常動物糞便由来株やトリ臨床分離株にも分布することが明らかとなりました (図2)。 そこで我々は動物腸内常在株である標準株とトリ臨床分離株の全ゲノムのシークエンスを行い、それらゲノム情報のin silico比較解析で新たな接着関連遺伝子群を探し出しました。現在、これらの遺伝子を標的にしたPCRを行い、人や鶏の病原株に特異的に保有される接着関連遺伝子の探索を行っている所です。

 
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