腸管出血性大腸菌O157のパルスフィールドゲル電気泳動パターンの変化に関する研究

 腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli:EHEC)O157は腹痛や出血性大腸炎を引き起こす食中毒細菌として 知られており、溶血性尿毒素症症候群や脳症など重篤な症状を併発し、死に至ることもある。近年世界各地で多発流行するEHEC O157 の分子疫学解析法としてパルスフィールドゲル電気泳動(pulsed-field gel electrophoresis:PFGE)法による制限酵素断片長多型解析 が頻繁に使用されている。臨床や環境から分離されるEHEC O157株のPFGEパターンは非常に多様であることから、同一血清型内でも ゲノム構造が多様であると考えられている。しかし、そのような多様性がどのようにして起こるのかについてはこれまでにほとんど 知られていない。本研究では実験室内で特定菌株から派生した菌株を用いて、EHEC O157のPFGEパターンの安定性やPFGEパターン の変化に影響を及ぼす変異について調べた。

博士論文要約

腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli:EHEC)O157は腹痛や出血性大腸炎を引き起こす食中毒細菌として 知られており、溶血性尿毒素症症候群や脳症など重篤な症状を併発し、死に至ることもある。近年世界各地で多発流行するEHEC O157 の分子疫学解析法としてパルスフィールドゲル電気泳動(pulsed-field gel electrophoresis:PFGE)法による制限酵素断片長多型解析 が頻繁に使用されている。臨床や環境から分離されるEHEC O157株のPFGEパターンは非常に多様であることから、同一血清型内でも ゲノム構造が多様であると考えられている。しかし、そのような多様性がどのようにして起こるのかについてはこれまでにほとんど 知られていない。本研究では実験室内で特定菌株から派生した菌株を用いて、EHEC O157のPFGEパターンの安定性やPFGEパターン の変化に影響を及ぼす変異について調べた。
 EHEC O157のPFGEパターン多様化に関与した変異を明らかにするために、上記実験で得られたPFGEパターンが異なるEDL933派生株32株 およびEDL933全ゲノム配列解読株を用いた。まず、比較する2株間で変化したバンド(フラグメント)のゲノム上での位置を、全ゲノム配列 を基に作成したXbaIサイトマップを基に特定した。変化したフラグメントの多くが構造多型領域として知られるファージまたはファージ様 DNA領域を含んでいたことから、これらの領域に注目し、ファージまたはファージ様DNA領域の両端を標的としたプローブを用い、 サザンハイブリダイゼーションによる解析をおこなった。その結果、PFGEパターンの変化に関与した変異の一部は、複製軸に対してほぼ対称な 位置に存在する2つのファージまたはファージ様DNA領域を介した大規模は逆位であることが分かった。逆位は複製終結点周辺に存在する5つの ラムダ様ファージDNA領域を介した4タイプと、2つのファージ様DNA領域を介した1タイプの合計5タイプがみられ、逆位領域の大きさは250-kb から1.4-Mbであった。PFGEパターンの変化としては1回の逆位で4バンドが変化することが分かった。逆位はプロファージ領域内の相同な配列を 介した組換えにより起こったと予想された。EDL933ゲノム上でラムダ様ファージDNA領域を介した逆位が高頻度に起こった理由として、12個存在する ラムダ様ファージDNA領域のうち10個が複製終結点側に集中していることや、すべての挿入方向が複製開始点から複製終結点に向かって同一方向であること、 またそれぞれのラムダ様ファージDNA領域は相同性の極めて高い配列を数多く共有しているなど、逆位に適した複数の要因が考えられた。次に、 移動可能なDNA断片である志賀毒素転換ファージ(Stxファージ)DNAの欠失およびCP-933Yプロファージ上に存在する挿入配列 (Insertion sequence:IS)629を介した欠失によるPFGEパターンの変化について調べた。Stx2ファージDNAの欠失が32パターン中5パターンでみられた。 ファージDNA部分のみが正確に欠失し、挿入していたwrbA遺伝子はファージDNA挿入前に予想される完全な配列に戻っていた。PFGEパターン の変化としてはXbaIサイトを含まないDNA断片の欠失による2バンドの変化がみられた。また、CP-933Y上のIS629を介した欠失によるパターン の変化が複数の派生株で観察された。欠失は30から51.6-kbの範囲でみられた。PFGEパターンの変化としては欠失領域にXbaIサイトを含むために、 欠失領域を含む2つのフラグメントが合成し、新しい1本のフラグメントが出現する3バンドの変化であった。
 本研究で明らかとなったPFGEパターンの変化に影響を及ぼした変異の全てが、EHEC O157ゲノム上に溶原化しているファージまたはファージ様DNA に関係していたことから、ゲノム上でのファージDNAの存在は単なる「挿入DNA断片」に留まらず、「変異スポット」としてさらにゲノムの多様化を 加速させている可能性が示唆された。

 
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