アンモニア資化性好塩細菌の分類

 極低温の氷河,水深1万 mを超える高水圧の海底,100 ℃を超える熱水中, pH0の強酸,飽和食塩水,強いγ線照射下といったヒトを含め普通の生物が生存できない特殊な環境下で増殖できる菌を極限環境細菌という。このような環境下では生物の特定の機能が顕在化するので、極限環境細菌を研究することにより、生命の本質を理解する上でも産業上有用な物質生産技術を開発する上でも有用な知見が得られると期待されている。
塩田や塩湖などの高濃度の塩水環境には好塩菌と呼ばれる細菌が生息している。好塩菌は増殖に適当量の食塩を必要とする細菌類で、食塩に対する要求度の相違から、至適塩濃度が0.2〜0.5M(1.2〜3%)に属する低度、0.5〜2.5M(3〜15%)に属する中度および2.5〜5.2M(15〜31.2%)に属する高度好塩細菌に分類される。高度好塩細菌は、グラム陰性の古細菌であるHalobacteriumおよびHalococcusの2属に代表され、中度好塩菌はオーストラリアの塩漬け肉から分離されたSalinivibrio costicolaなどさまざまな含塩試料中から多数分離されている。そして、低度好塩菌はVibrio alginolyticusのように海洋に生息する細菌の多くがこの範疇に入る。
V.alginolyticusは海産魚類や沿岸海水から分離される低度好塩細菌に属するグラム陰性の海洋細菌である。近年V.alginolyticusと同定された菌でNH3を基質とし、菌体タンパクへと変換するアンモニア資化能が報告されている。また同菌は8%の高塩濃度下においても、アンモニアを唯一の窒素源として旺盛に増殖することが確認されている。V.alginolyticusなどの従属栄養細菌は、独立栄養細菌である硝化菌などより増殖速度が速く、また、陸上環境で生息する一般の微生物の多くは高塩濃度下で増殖できないことが予想されることから、アンモニア資化能を持つ好塩性の従属栄養細菌は高塩濃度下で陸上の他の微生物による影響を受けずに増殖でき、かつ独立栄養細菌よりアンモニア資化活性は高く、微生物脱臭装置に利用した場合、安定した脱臭効率が見込まると考えられた。
我々はこれまでにガス分散型曝気法による「微生物脱臭装置」を独自に組み上げ、海水より分離・同定されたV.alginolyticus AKO101株を用いてそのパフォーマンスの測定を行った。その結果、2,100ml/分、濃度約200ppmのアンモニアを脱臭装置へ流入させたとき、除去率が75%を下回るまでに要した時間は24日間であった。しかしながら、V.alginolyticusは0.07M (0.42%)の低塩濃度下でも生存でき、時に創傷感染、中耳炎、菌血症を起こす病原菌となりうることが報告されている。
そこで、本研究では安全かつ脱臭能の高いアンモニア脱臭装置を開発するにあたり、低塩濃度では生存できない、病原性を持たない、かつ優れたアンモニア資化能を持つ好塩菌を得るため、オーストラリアの塩湖、湖沼または海から採取した塩水サンプルより好塩性のアンモニア資化性菌を分離し、分離菌株のアンモニア資化能試験、またアンモニア以外の無機窒素物資化能を調べるとともに、表現型的識別法や分子生物学的手法によりこれらアンモニア資化性好塩菌株の分類学的位置づけを決定することを試みた。

修士論文要約

 本研究では、安全かつ脱臭能の高いアンモニア脱臭装置を開発するにあたり、低塩濃度では生存できない、病原性を持たない、かつ優れたアンモニア資化能を持つ好塩菌を得るため、オーストラリアの塩湖、湖沼または海から採取した塩水サンプルより好塩性のアンモニア資化性菌(AUS 1〜11)を分離し、分離菌株のアンモニア資化能を調べるとともに、前述の表現型的識別法や分子生物学的手法によりこれらアンモニア資化性好塩菌株の分類学的位置を決定することを試みた。 分離菌株はすべて中度好塩菌に分類されたが、各塩濃度における増殖度をみると、塩濃度2%以下では増殖できないAUS 2,3,7,8,10,11、塩濃度1%以下で増殖できないAUS 4,5,6,9、塩濃度0.5%でも増殖できるAUS 1に分けられた。また、アンモニア資化能試験で最も増殖度の高い株はAUS 2株であった。以上のことから安全かつ脱臭能の高いアンモニア脱臭装置を開発するにあたり、塩濃度2%以下では増殖できず、高いアンモニア資化能を有するAUS 2株が最適であると考えられた。 AUS 2株の16S rRNA遺伝子部分の塩基配列解析を行った結果、S. costicolaとの相同性が98~96 %であった。また、16s rRNA遺伝子部分でSalinivibrio属に特異的な塩基配列を標的としたPCR法を用いて分離菌株計11株の同定を行った結果、AUS 1,2,3,7,8,9,10,11の8株がSalinivibrio属と同定された。 16S だけでなく23S rRNA遺伝子部分を含んだ2.5kbpの領域を制限酵素処理することで生じた遺伝子断片パターンを解析した結果、上記分離菌8株は互いに似通っており、逆にS. costicola ATCC 33508Tとは異なることが示された。このことから、分離菌株はSalinivibrio属ではあるが、少なくともS. costicolaとは異なる種である可能性が高いことが示唆された。  そこで、S. costicola ATCC 33508T を基準株として用いて、上記分離菌8株についてDNA-DNAハイブリダイゼーションを行った。その結果、被験菌8株のS. costicola ATCC 33508T とのDNA-DNA再結合率は36.3~45.6 %であり、S. costicolaと異なる新しいSalinivibrio種であることが示唆された。次いでAUS 2株を基準株として用いたときは、AUS 1を除く他の分離菌株との間で70 %以上の高いDNA-DNA再結合率を示したことから、AUS 2株はAUS 1株を除くその他分離株とは同種である可能性が高いことが示された。また、AUS 1株との間では再結合率が34.7 %であったことから、AUS 1株は、S. costicolaはもちろん、その他分離菌株とも異なる新しいSalinivibrio種であることが示唆された。上記分離菌8株のアンモニア資化性やスターチなどの基質利用性がS. costicola ATCC 33508Tには見られず、これらが新しいSalinivibrio種を特徴づける生化学性状である可能性が示唆された。AUS 1株は塩濃度0.5%でも増殖可能、スクロース非分解性などS.costicola ATCC 33508T、その他の分離菌株とも明らかに異なる性状が見受けられた。このことからも、AUS 1株はS. costicolaやその他分離菌株と異なる新しいSalinivibrio種である可能性が高いと思われる。

 
戻る