タンナーゼ産生性乳酸菌の分類と同酵素産生能の生態学的意義に関する研究

タンニンは植物界に広く存在する水溶性のポリフェノール化合物であり、蛋白質や金属イオンと結合して難溶性の複合体またはキレート を形成する性質を持つ化合物の総称である。タンナーゼは、加水分解型および宿合型に大別されるタンニンのうち、加水分解型タンニン の分子内に多数存在する没食子酸エステルを加水分解する酵素である。これまで多数の草食動物の消化管や糞便または土壌からタンナー ゼ活性を有する細菌群が分離されてきたが、近年、漬け物などの発酵食品やヒト消化管内に存在する乳酸菌Lactobacillus plantarumお よびその近縁種にも同活性が見出された。L. plantarumやその近縁種は漬け物やワインなどの発酵食品の生産に重要な役割を果たして おり、また一部の株では免疫賦活活性などが報告され、宿主に有益な効果が期待できることから、食品への応用、研究が盛んに行われて いる。これまでの研究から、乳酸菌群の有するタンナーゼ活性は緑茶などに含まれる茶カテキン類の薬理効果に影響を及ぼしているの ではないかと推測されている一方、これらの細菌の植物との密接な関連における同酵素の役割や酵素学的性質についてはほとんど明ら かにされていない。また、これまでの研究で報告されたタンナーゼ産生性乳酸菌はL. plantarumとその近縁な2種のみで、同酵素産生 能の系統分類学的な分布については未だ検討されていない。本研究では、漬け物などの発酵食品から分離されたタンナーゼ産生性乳酸 菌株について、生理生化学性状や分子生物学的手法により詳細な分類を行った。さらに、タンニンの存在する環境下でタンナーゼ産生 能が乳酸菌の生育に果たす役割について調べるとともに、同酵素を精製しその酵素学的性質を調べた。
 本研究の遂行にあたってタンナーゼ活性の定性的検出および定量は不可欠であったが、既存の寒天培地を用いた定性的検出法では擬 陽性がみられるほか、既存の定量法では作業が煩雑で測定に長時間を要するものや、迅速ではあるが検出限界が高いなど、様々な問題 が認められた。そこで第一章では、タンナーゼ活性の定性的検出法および定量法について、従来法の問題点を指摘しそれと比較するか たちで新しい方法の開発を行った。まず、従来法であるタンニン処理寒天培地でのタンナーゼ産生菌の定性的検出は、菌株によっては 生育に伴う培地のアルカリ化が原因で擬陽性が起こることを示した。その上で、タンナーゼ基質溶液を用いた既存の定性法との組み合 わせが、検出精度の向上につながることを明らかにした。次に、既存の細菌生菌体タンナーゼ活性の定性的検出法を応用し、新しい定 量法の開発を試みた。その結果、分光測光法を用い、従来法では検出限界以下であった微弱な細菌生菌体タンナーゼ活性の定量が可能 となった。本法により得られた定量値は、タンニン処理寒天培地上に形成されるクリアーゾーンの強弱と相関が見られたことから、本 法が細菌生菌体のタンナーゼ活性定量に有用であることが示された。
 第二章では、乳酸菌群におけるタンナーゼ産生能の系統分類学的な分布について調べた。まず、ヒト糞便および発酵食品より分離し た77株のタンナーゼ産生性乳酸菌について、形態学的、生理生化学的性状および分子生物学的手法を用いた系統分類を行った。その結 果、71株がこれまでに報告のある通り、L. plantarumおよびその近縁な2種のいずれかであった。一方、残りの6株について炭水化物 発酵能試験を行ったところ、2株はL. acidophilus、1株はPediococcus acidilactici、1株はP. pentosaceusであることが示され、タン ナーゼ活性が乳酸桿菌科に広く分布している可能性が示唆された。また、第一章で確立した方法により全供試菌株のタンナーゼ活性を 定量したところ、同酵素活性に分類学的な差異は認められず、菌株毎に著しい多様性がみられることが明らかとなり、個々の菌株と同 酵素産生能の間には遺伝子学的な繋がりが存在すると示唆された。また、タンナーゼ産生性乳酸菌株のほとんどがGDase活性を有し、 タンニン代謝後の最終産物にはpyrogallolが生成することが明らかとなった。
 第三章では、なぜL. plantarumが植物の種類を問わず様々な植物体の発酵過程から分離されるのか明らかにするため、タンニンの存 在する環境下におけるタンナーゼ産生能の生態学的意義について検討した。L. plantarumは細胞内に高濃度のMnを蓄積し、主に好気的 条件下の増殖における活性酸素群の消去に利用していると考えられている。一方、タンニンは金属イオンをキレートする性質があるこ とから、L. plantarumの有するタンナーゼ活性が、タンニンの存在する環境でMnの獲得を可能にし、増殖を有利にしているのではない かと仮説を立て、その検証を行った。第二章でL. plantarumと同定された株から高活性群として5株、低活性群として5株を任意に選択 し比較を行った結果、好気的培養条件ではタンニンを含む培地中における増殖性が低活性群で有意に低かった(p < 0.05)。また、低 活性群の好気的培養条件下での増殖性の低下はカビ由来タンナーゼの添加、過剰Mnの添加、またはカタラーゼの添加で回復した。さら に、嫌気的培養条件下では両活性群に差がみられなかった。以上より、L. plantarumはタンニンを含んだ植物体を養分に生育する際、 タンナーゼを産生することにより、タンニンによってキレートされ利用性の低くなったMnを効果的に獲得し、活性酸素群に対する防御 を高め、増殖を有利にしていることが強く示唆された。
 タンナーゼに関するこれまでの研究は主に真菌類について行われており、精製されたタンナーゼの酵素学的性質や遺伝子の解析が報告 されている。しかしながら、細菌ではタンナーゼ遺伝子は同定されておらず、酵素タンパク質の精製および酵素学的性質の詳細な検討に ついては未だ報告がない。第四章では、既に全ゲノム配列の決定されたL. plantarum WCFS1株について、タンナーゼを精製し酵素学的 性質の検討を行った。まず、タンナーゼ基質としてmethyl gallateを添加して培養した後、遠心分離した上清に活性が殆どみられないこ とから、タンナーゼは主に菌体内に存在することが明らかとなった。湿重量約300 gの培養菌体をガラスビーズで破砕後、遠心分離した 上清を回収したところ、総タンパク質量8.04 g、総活性1,533 mUの抽出物が得られた。これを硫安分画し、続いてDEAE-Cellulofine、 Hydroxylapatite、Mono-Qカラムに供試して精製したところ、比活性4,960倍以上、活性回収率2.3%の分画が得られた。この精製乳酸 菌タンナーゼと市販のAspergillus oryzae由来の真菌タンナーゼを用い、各種酵素学的性質を比較した。Lineweaver-Burkの逆数プロッ トにより、各酵素のミカエリス定数(Km)は各々1.21 mMと1.92 mMであることが分かった。さらに、至適pHは各々7および5.5で、至 適温度は各々40℃および50 - 60℃であった。これらの結果から、乳酸菌タンナーゼは既に報告のあるものとは性質を異にし、新規のタン ナーゼである可能性が示唆された。
 本研究では、タンナーゼ活性は植物体を発酵する乳酸菌群に広く分布しており、タンニンの存在する環境下での生育に強く関わっている ことが示された。さらに、乳酸菌群の有するタンナーゼはこれまでに報告のある真菌類のタンナーゼとは異なる性状を有していることから 、本細菌群が植物を栄養環境とする微生物群の中でより優位に生育するために、その進化過程で獲得されたものであることが示唆された。

 
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