アカネズミ糞便から分離された新種のタンナーゼ産生性乳酸菌の分類

akanezumi  アカネズミ(Apodemus speciosus)は、北海道から鹿児島県の屋久島までの平地から山岳地帯に広く分布している野ネズミである(左写真)。アカネズミは雑食性の哺乳類であるが、越冬の時期においては高濃度のタンニンを含むドングリ(コナラ属樹木の種子)を重要な餌としている。
 タンニンは水溶性のポリフェノール化合物であり、蛋白質・金属イオン等と結合(水素結合や共有結合)して難溶性の塩を作る性質を持つ化合物の総称である。そのような性質を持つことからタンニンに富んだ植物を喫食する草食動物ではしばしば摂食阻害を引き起こす。また、生体の消化管内でタンニンが食物中タンパク質や消化酵素と結合することによって消化阻害が誘発され、結果として食物消化率が低下することも報告されている。特にタンニンとタンパク質が結合して形成されるタンニン-タンパク質複合体(Tannin-Protein Complex:以下T-PCと略)は、胃液中の強酸性条件下(pH 1-3)でも加水分解されず、動物が持つ消化酵素での消化も困難であるため、動物のタンパク質消化を妨げ、栄養になりにくいことが知られている。
 タンナーゼは、加水分解型タンニンの多価アルコールからなる構造的な核と、フェノール酸類との間に形成されているエステル結合を加水分解する酵素である。このタンナーゼは、真菌類(Aspergillus属やPenicillum属に属するいくつかの種)や酵母(Pichia属)などによって産生されることが知られており、これらの微生物から抽出されたタンナーゼはインスタントティー、ワイン、ビールの製造、そして食品からタンニンを取り除くための処理など産業的に広く利用されている。タンナーゼはまた、前述の真菌類や酵母以外にもCitrobacter属、Lactobacillus属、Streptococcus属、Klebsiella属、Bacillus属、Corynebacterium属などに属するいくつかの種の細菌によっても産生されることが知られている。これらの微生物は、皮なめし産業の廃水や土壌の他、山羊や羊、そしてコアラなどの様々な動物の消化管内やその糞便および植物の発酵物などから分離されている。実際、草食動物、肉食動物、雑食性の動物を含む様々な動物(コアラ、リングテイルポッサム、鹿、カンガルー、牛、羊、馬、豚、犬、鳩)の糞便からもタンナーゼ産生性グラム陽性球菌であるStreptococcus gallolyticusが分離された。また、近年ヒトの糞便からもタンナーゼ産生性乳酸菌であるLactobacillus plantarum L.paraplantarumL.pentosusが分離された。
   我々は、これまでに京都府京田辺市近郊の森林で捕獲されたアカネズミの糞便からタンナーゼ産生性細菌、Streptococcus gallolyticusを分離した。しかし、今回我々はそれとは異なるタンナーゼ産生性のグラム陽性桿菌をアカネズミ糞便から分離した。前述の通り、アカネズミはコアラと同様にタンニンを多く含有している植物であるドングリを主に喫食していることから、このタンナーゼを産生するグラム陽性桿菌が、S.gallolyticusと共にアカネズミ消化管内でドングリの消化を促進している可能性が考えられた。
 そこで、本研究ではアカネズミとタンナーゼ産生性細菌の共生関係を立証するための予備研究として、この未知のタンナーゼ産生性のグラム陽性桿菌について、生化学的手法および分子生物学的手法を用いて分類%同定を試みた。

修士論文要約

 京都府京田辺市近郊の森林で捕獲されたアカネズミ16個体中8個体の糞便から8株のタンナーゼ産生性グラム陽性桿菌を分離した。これらの分離株について、グラム染色、カタラーゼ試験、運動性試験等の形態的・生化学的性状試験を行った結果、このグラム陽性桿菌は乳酸菌に属していることが予想された。続いてこの分離株の16S rRNA遺伝子塩基配列を解析し、そのデータを基にデンドログラムを作製した結果、この分離株は系統的にL.animlaisL.murinusと近縁関係にあることが明らかとなった。さらに、分離株およびL.animalis JCM 5670TL.murinus JCM 1717Tについて16S-23S rRNA遺伝子塩基配列の差異を識別すべくamplified ribosomal DNA restriction analysis (ARDRA)試験を行った結果、アカネズミ糞便分離株のARDRAプロファイルはL.animalis JCM 5670TL.murinus JCM 1717TのARDRAプロファイルとは異なることが示された。さらに、分離株のDNA全塩基中のguanineとcytosineの和のモル比率(G+C含有量)もこれらの近縁種のものとは大きく異なっていた(分離株:38.5%、L.animalis:41〜44%、L.murinus:43〜44%)。加えて、これらの菌株に対してDNA-DNAハイブリダイゼーションを行った結果、分離株全てがL.animalisL.murinus とは異なる、分類学上まったく新しい同一の菌種に属していることが示された。 アカネズミ糞便分離株およびL.animalis JCM 5670TL.murinus JCM 1717Tについて定性的タンナーゼ活性試験を行った結果、全ての分離株がタンナーゼ活性を示した一方で、L.animalisL.murinusの2株はタンナーゼ活性を示さなかった。これ故、タンナーゼ活性の有無はアカネズミ糞便より分離された新しい乳酸菌の菌種を決定付ける生化学的性状であることが示唆された。しかし、本研究で試験に用いたL.animalis L.murinusの菌株はそれぞれ1株のみであったため、タンナーゼ活性の有無が上述の菌種を識別するための決定的な項目に成り得ると結論付けるには至らなかった。

 
戻る