卒業研究まとめ

コアラ腸内細菌叢最優勢細菌、Phascolarctobacterium faecium
有機酸代謝能と代謝産物の分析

 コアラの腸内には様々な細菌が存在しますが、その中の一つにPhascolarctobacterium faeciumという細菌がいます。P. faecium は、 コアラの腸内細菌叢の最優勢細菌ですが、宿主であるコアラにとってどのような役割で存在しているのかは明らかではありません。コアラ は、ユーカリの葉を餌としています。ユーカリの葉はセルロースと同様に草食性に対抗する植物の防御メカニズムとみなされるタンニン を含んでおり、タンニンは蛋白質と容易に結合する性質を持っています。この結合物質は動物に摂取されてもその動物の消化機能では殆 ど分解されないため、タンニンを多く含む植物は一般の草食動物にとって消化率が低く、栄養的に粗悪です。そして、P. faeciumは、コ ハク酸を添加した培地において増殖が促進されプロピオン酸を産生する特徴があります。コハク酸をエネルギー源として増殖しプロピオ ン酸を産生する細菌には、牧草サイレージを含んでいる飼料を与えた乳牛の胃摂取物から分離されたSucciniclasticum ruminisや、牧 場で飼育されている牛の胃摂取物から分離されたSchwartzia succinivoransがあります。牛は、ルーメン内でこれらの細菌によって産 生されたプロピオン酸などを揮発性脂肪酸(VFA)として利用していることが明らかにされています。
 本研究では、コアラの腸内において最優勢細菌であるP. faeciumの共棲理由の解明を目的とし、哺乳動物の腸内に耐性であるタンニンや セルロースを多く含むユーカリの茎葉を分解出来るような酵素、すなわち、セルラーゼやタンナーゼ、没食子酸脱炭酸酵素(GDase)を 産生する能力を保有しているか否かを確認しました。さらに、そのような栄養分の少ないユーカリの葉を食べるコアラが最優勢細菌である P. faeciumを有用に利用し、コハク酸などの有機酸を介しての代謝産物を栄養源として腸内で吸収しているのではないかと考え、研究を進 めました。

<結果>
1.P. faeciumは、ユーカリを消化するために必要なセルロースを分解する酵素であるセルラーゼを産生せず、タンニンを分解するための 酵素であるタンナーゼも産生しないことが明らかとなりました。しかし、タンニンを分解した後に遊離される没食子酸をピロガロールへ脱 炭酸する酵素である没食子酸脱炭酸酵素を産生することが示されました。

2.基質利用性試験の結果、P. faeciumはコハク酸以外にもα−ケトグルタル酸、ピルビン酸ナトリウム、オキサロ酢酸を含む基質で増殖 することが新たに確認されました。コハク酸を用いた基質の場合、P. faeciumの増殖に伴いその代謝産物としてプロピオン酸が産生される ことが確認されました。また、以前のOsawaらの実験でアミノ酸ではないかと考えられていた同定不可能であった物質は検出するこ とが出来ませんでした。コハク酸以外の有機酸については、その代謝産物を確認することが出来ませんでした。

 これらの結果より、本研究からは最優勢細菌であるP. faeciumとコアラとの間に明らかな共棲関係があるとは言い難いことがわかりました。 しかしながら、P. faeciumは、ユーカリの茎葉の主成分であるセルロース、タンニンを直接分解せず、没食子酸脱炭酸酵素を産生すること から、他のセルラーゼやタンナーゼを産生する細菌の存在下においてユーカリの消化に寄与していると考えられます。そして、炭素源として 糖を利用できないP. faeciumは、腸内に存在する他の細菌が最終発酵産物として産生したコハク酸を利用して増殖し、牛のルーメン内で生 成されるVFAの一つであるプロピオン酸を産生することによってコアラへ与えるエネルギー源としての役割があるのではないかと考えられ ます。また、P. faeciumの増殖度の高かったコハク酸以外の有機酸、すなわち、α−ケトグルタル酸、ピルビン酸ナトリウム、オキサロ酢 酸の代謝産物の同定が不可能であったため、今後さらに、HPLC分析の方法と他の代謝産物の分析方法を検討し、その代謝回路を明らかにし ていくことが望ましいと思われます。

 
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