(2)ビフィズス菌の宿主腸管定着に関する研究



1. Bifidobacterium longumの宿主特異的な腸管内定着に関与すると思われる線毛関連遺伝子領域の多型解析

 個々の宿主はその腸内に常在しているビフィズス菌群(固有菌)を持っていて、これらの菌の菌種構成や菌株構成は長期間安定して存在し、宿主の健康維持に深く関係していると考えられています。私たちはまず68週間にわたるモニタリング試験において10人の成人糞便サンプルから優勢に検出されたB. longum株に関してパルスフィールド電気泳動解析法 (PFGE)にて菌株レベルでの識別を行い、個々人固有の菌が存在するのか?また、これらの固有菌が長期間にわたり宿主の腸管内に存在するのか?を検証しました。その結果1週目、23週目、68週目に分離されたB. longum株のPFGE解析をもとにクラスター分類を行った結果、全ての被験者が宿主特有の複数クラスターからのB. longum株を保有しており、同一のクラスター群が続けて検出された被験者は10人中8人でした。このことから、各宿主に対して固有の系統群のB. longum株が常在菌として存在すること、またその常在に寄与する何らかの表現型的特徴を共有していることが示唆されました。このことから我々は宿主腸管上皮から分泌される粘液の糖蛋白質の糖鎖と、B. longum菌体表層に発現される線毛との物理 的な結合の可能性に着目し、上記の68間に渡って定期的に健康成人糞便から分離された株で、明らかに系統的に異なると判断されB. longum株44株を選択し、これらの菌株のゲノム塩基配列においてレクチン様線毛関連遺伝子と高い相同性を示す遺伝子を含むDNA領域(putative fimbriae領域)と、それらに近接する線毛関連遺伝子を含まない上流と下流DNA領域を標的におけるPCR-制限酵素断片長多型解析(PCR-RFLP)を行いました。その結果、Putative fimbriae領域におけるPCR-RFLPでは多様な断片パターンが観察されたが、対照的に、上流,下流領域のPCR-RFLPにおける断片パターンは多くの株で同じパターンを示していました(図1)。Putative fimbriae領域のPCR-RFLPで作成されたデンドログラムに基づき、菌株の系統は5つの型 (similarity≦70%)とさらに9の亜型 (similarity≦80%)に分類されましたが、同じ宿主由来株の少なくとも半数は同じ型を示す傾向にありました。これらの所見より、B. longum株は、その線毛が宿主粘膜に発現する糖タンパクに特異的に結合することで腸管に物理的に定着している可能性が示され(図2)、現在この線毛タンパクの多様性について詳細な解析を行っています 。fig1fig1



















2. Bifidobacterium longumの粘液ムチンとの結合性に関する研究

 現在、日本では、食生活の変化に伴い、心臓病や癌といった生活習慣病の増加が心配されています。その対策として、日々の生活の中で、生体の防御力を高め、病気にかかりにくい体を作るという「予防医学」の概念が注目されています。その中で、ヒト腸内に常在し、生体に有用な働きをする善玉菌の一つであるビフィズス菌のもつプロバイオティクスとしての効果が期待され、ヨーグルトなどの製品に広く利用されるようになってきました。
 これまでに、成人糞便サンプルより分離されたビフィズス菌株に対してパルスフィールドゲル電気泳動法による系統解析を行った結果、各被験者でそれぞれ特有の遺伝子パターンを持つ菌株を保有しており、それらが長期間にわたり腸内に安定的に存在するということが報告されました。また、糞便より検出された菌株の中には、市販されているプロバイオティクス製品に含まれるビフィズス菌株と同じ遺伝子パターンを示す株は存在しませんでした。このことから個々人の腸管にはそれぞれ固有のビフィズス菌株が常在しており、所謂外来のビフィズス菌株は、腸内に定着することができず、腸管を一時的に通過しているに過ぎないということが示唆されました。そこで、これらの菌株には、それぞれ宿主の腸管壁への定着において、何らかの構造的な特徴を有しているのではないかと考えました。我々人間の腸管内では、腸管上皮細胞が厚い粘液層に覆われていることが知られています。この粘液は、ムチンと呼ばれる、無数のオリゴ糖鎖に修飾された糖タンパク質を主成分としています。このムチンに対して、大腸菌やピロリ菌などの病原菌の接着が報告されており、また、ビフィズス菌においても、ム チンの糖鎖を利用する酵素の報告がされています。
 以上のことから私たちは、ビフィズス菌においても、その表層に発現しているレクチン様線毛タンパク質を介して、宿主の腸管ムチンの糖鎖に特異的に結合することにより、腸管への定着が成立しているのではないかと考えました。つまり、あるAという個人の腸管ムチンに対して、同じA由来のビフィズス菌は、特異的な結合部位を持つため結合・定着できますが、別のBという個人由来のビフィズス菌は、Aのムチン糖鎖に対する結合部位を持たないため、腸内にとどまることができないのではないか、というわけです(上に掲載の図2 を参照の事)。つまりプロバイオティクスとして別の個人由来の菌を摂取しても、腸内に長くとどまることはできないが、自分自身の菌は、腸内にとどまることができるので、より高いプロバイオティクス効果を得ることができるのではないかと考えています。
 そこで、私たちはまず、ビフィズス菌とムチンとの特異的結合性を証明するための最初のアプローチとして、成人糞便サンプルより優先的に検出される菌種であるBifidobacterium longum subsp. longum種について、50株の異なるヒト由来のB. longum株と、市販されている豚胃由来ムチンや牛顎下腺ムチンを用いて、スライド凝集試験により、ビフィズス菌のムチンへの結合性を調べました。その結果、用いた株のうち5株(いずれも市販の製品より分離された株)でムチンとの凝集が確認されました(図3)。この5株について、加熱やタンパク質分解酵素での処理を行った結果、 加熱やtrypsin処理で凝集性に影響は見られませんでしたが、proteinase K処理を行うと凝集を示さなくなりました。このことから、これらのビフィズス菌のムチンへの結合に関与する因子が、trypsin耐性のタンパク質性の物質であることがわかりました。また、用いたヒト由来株の中には自己凝集性を示すものが多数存在しましたが、そのうち2株について、trypsin処理を行うと自己凝集が解消され、ムチンへの凝集が見られるようになりました(図4)。
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  以上のように、市販のムチンに対して結合性を示す株と示さない株が確認されたことから、ビフィズス菌がそれぞれの宿主腸管ムチンへの結合特異性を有している可能性が示唆されましたので、現在はビフィズス菌及びムチン側の結合に関与する物質がどのようなものであるのか?、また異なる由来のムチンに対する結合特異性の違いなどについても、さらに詳しく解析を行っています。

3. ビフィズス菌の母子伝播メカニズムに関する研究

 ビフィズス菌は、ヒト腸内細菌叢の中でも最優勢菌のひとつであり、宿主の健康を維持、促進する重要な役割を担っていることが明らかにされています。さらに近年の研究より、個々人の腸内には固有のビフィズス菌群が定着しており、外来の菌は腸管に定着できず排除されてしまうことが示唆されています。そこで本研究では、ヒト腸内に定着するビフィズス菌の由来の検討を行うことにしました。
 ヒトの腸内は、胎児期は無菌状態であり、出生後まもなく様々な菌が増殖してきます。その由来については主に母親由来と環境由来という2種類が考えられており、母親菌の伝播ルートの候補としては産道や糞便のみならず、母乳(ちょっと驚きですが)までもがあげられています(図1)。帝王切開により出生した新生児に関しては、環境由来の菌の伝播が圧倒的だと考えられている一方で、継膣分娩により出生した新生児は、分娩時の母親由来菌の伝播が主だと言われています。しかし、それらの伝播を決定づける菌株レベルでの調査は、未だ行われていません。そこで我々は、継膣分娩による母親のビフィズス菌株の伝播に焦点を絞り、まず、母親糞便由来菌の新生児腸内への伝播の有無を、パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法により菌株レベルで調査しました。また、同一病院内で出生した新生児間での菌株の共有についても検証を行いました。
 具体的な方法としては、新生児生後3日時及び一か月時の母子糞便からビフィズス菌を分離し、PCR法による種レベルでの同定を行いました。全ての新生児は、同一病院で、継膣分娩にて出生しています。菌種の同定された菌株中、まず私たちの過去の研究より個々人の腸内に長期間定着することが確認された種、Bifidobacterium longum subsp. longumに注目し、この種と同定された5組の母子より分離された111株、同一病院にて分娩を行った母親および出生した新生児由来株51株、加えて比較のため製品由来の5株、計167株の B. longum 株について、PFGEを用いたDNAフィンガープリンティングを行いました。
 その結果、3組の母子が相同性100%、つまり同一のPFGEパターンを共有していたため(図2)、3組の母子は同一の菌株を共有していると考えられます。そのうち2組は生後3日時、1組は生後3日時及び1か月時両方で共有している菌株が確認できました。また、他の母と子、あるいは子同士で相同性70%以上のPFGEパターンを有しているものは存在しなかったことから、これらの間に同一株、あるいは系統的に近縁であると考えられる株は確認できませんでした。
 以上の研究より、継膣分娩により出生した新生児には、母親の糞便由来菌株が伝播しているということが、菌株レベルで初めて実証されました。しかし、この菌は産道を通過する際に獲得した母親の膣由来のものであるのか、それとも出生後母親の糞便への直接接触により獲得したのか、はたまた他の経路で伝播したものであるのか、その伝播経路が明らかでありません。そこで今後はそれらを検証するために、母親の膣由来ビフィズス菌と腸内由来ビフィズス菌、そして子の腸内ビフィズス菌の相同性の比較、また母親から子へ伝播した株の好気条件下での生残性について調べている所です。
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