(4)沖縄県在住高齢者由来ビフィズス菌に関する研究



1.沖縄県在住高齢者由来ビフィズス菌の遺伝的および生化学性状に関する研究

一般にビフィズス菌と呼ばれるBifidobacterium属は偏性嫌気性のグラム陽性桿菌であり、ヒトの大腸における最優勢菌群の一種です。ビフィズス菌を含むヒトの腸内細菌叢は様々な要因で変化しますが、年齢もその要因のひとつに考えられます。悪玉菌の代表として知られる大腸菌やウェルシュ菌が、加齢に伴いその菌数を増加させるのに対し、ビフィズス菌は減少し、老年期になるとビフィズス菌が全く検出されない個体も見られるようになります。また、分離されるビフィズス菌種も年齢により異なる傾向があるといわれています。ヒトの糞便から分離されるビフィズス菌は10菌種が知られていますが、乳児期では主にBifidobacterium longum subsp. infantis (以下B. infantis)やB. breveが、成年期ではB. longum subsp. longum (以下B. longum)やB. adolescentisが、老年期ではB. adolescentisB. catenulatumB. dentiumが分離されるようになります。これらの菌種の中でも特にB. breveB. longumといった菌種は、整腸作用や感染防御などの効能があることからプロバイオティクスと して頻繁に利用されています。他方、ビフィズス菌は腸内に棲む他の細菌が利用しにくいオリゴ糖(ラフィノース、ラクチュロース、フラクトオリゴ糖など)を利用できます。そのためオリゴ糖はビフィズス菌の選択的な増殖因子(ビフィズス因子)であることが知られており、プレバイオティクスとして頻繁に利用されています。
 これまでの研究から、ビフィズス菌は長寿であることと密接な関係があると考えられています。ビフィズス菌研究の権威である東京大学名誉教授の光岡知足先生は、山梨県の長寿村である棡原村在住の高齢者と東京都内在住の高齢者の、腸内のビフィズス菌数とウェルシュ菌数を調べる実験を行いました。そして、東京都在住の高齢者よりも棡原村在住の高齢者の方が、ビフィズス菌数は多く、反対にウェルシュ菌数が少ないことを報告しています。そこでまず、私たちは、長寿で知られる沖縄県に住む高齢者の腸内に、一体どのようなビフィズス菌種が存在するのかを調べる目的で、ビフィズス菌を分離し、種を同定する実験を行いました。具体的な方法として、沖縄県本部町の老人ホームで生活されている79歳〜104歳の高齢者計35人の糞便サンプルからビフィズス菌を分離し、ビフィズス菌の種特異的配列を標的としたPCRによって菌種を同定しました。その結果、35人中30人からビフィズス菌が分離され、この30人のうち、プロバイオティクスとしてよく用いられるB. breveB. longumに着目すると、5人から計49株のB. breve株が分離され、 18人から計112株のB. longum株が分離されました。特にB. breveは乳児からよく分離される菌種であり、高齢者からB. breveが分離されたこの結果はとても興味深い所見です。
 「高齢にもかかわらず何故高率にビフィズス菌が棲息するのか?」これを解明するべく私たちは二つの仮説を立てました。一つは、沖縄県在住の高齢者の腸内で常在するビフィズス菌が特殊な増殖能(例えば糖代謝能)を有していることです。もう一つは、これらの菌株の生育・増殖を促進させるようなプレバイオティクスとしての食物を高齢者が摂食していることです。そこで私たちは、サンプルを提供して頂いた沖縄県の老人ホームを訪問し、どのような食事を摂られているのか現地調査を行いました。老人ホームでは給食という形で食事が出されており、ハンダマなどの沖縄県で栽培されている野菜やもずくの天麩羅、シークヮサーゼリーなどが食されていました。また特に印象に残ったことは、普段いつでも食べられるお菓子として地元産の黒糖が常に手の届くところに置かれており、高齢者の方が頻繁に食されていたことです。黒糖は、その製造過程で分離精製を行わないことから含蜜糖に分類されます。分離精製を行っていないため、主成分のスクロースに加えて、ミネラルやビタミンを豊富に含み、さらにオリゴ糖が含まれていることもわかっています。
 前述した二つの仮説を検証するため、私たちは分離されたB. breveについて糖資化性実験を行っています。具体的には、上述の調査でB. breveと同定された49株のうち、Pulse-Field Gel Electrophoresis法よって遺伝的系統が異なることが確認された、「系統」代表株6株(以下沖縄株)、近畿圏のボランティアの方から分離されたB. breve株5株(以下内地株と呼ぶ)、B. breveの標準株JCM1192T、B. breveの製品株1株、分類学的に(16S rRNAの配列において)近縁とされるB. infantisの標準株JCM1210Tの計14株を用いて、ブドウ糖、ショ糖、ラクチュロース、ラフィノース、フラクトオリゴ糖、黒糖を夫々単一の糖源として添加した培地における増殖程度をモニタリングしています。  


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