沿岸環境の変化と海藻植生

  海藻類は先にも述べたように,陸上植物と同じように光のエネルギーを使って水中の二酸化炭素と無機塩類から,自らの体の成分を作るとともに生活のためのエネルギーを得ている独立栄養生物です.しかし,海藻類はこれと同時に呼吸により常にある程度のエネルギーを消費しています.このため,光合成の行えない夜には,もっぱら消費するだけになり,その生存・生長のためには昼間の光合成による生産が,一日を通 しての呼吸による消費を上回る必要があります.一方,海水はそれ自体光を吸収する性質があるほか,水中の様々な懸濁物(浮泥,植物プランクトンなど)による吸収と反射のために,水深が深くなるほど透過する光量 は少なくなり,特に水の透明度が低下すると海底に到達する光量は急激に減少します.しかし海藻類は仮根と呼ばれる付着器(陸上植物の根に相当するがこの部分から栄養分を吸収するわけではない)により岩や貝殻等の基物に着生しており,自ら移動することはできません.このため海藻類はその生存のために最低限必要な光量 (光合成による生産と,呼吸による消費がバランスする点を補償点とよびます)が得られる水深より深いところには生育できません.このような補償点深度は,海藻類では通 常水面の日射量の数%から0.5%くらいの光量が得られる水深に相当するとされています.補償点深度は水の透明度によって大きく異なりますが,瀬戸内海や東京湾のような内湾部では通 常,数メートルから十数メートルくらいに相当します.

 したがって水質の悪化により透明度が低下したり,埋め立てにより浅場が減少すると,それに伴って,海藻類が生育することのできる水深の範囲(いいかえれば補償点深度より浅い海底)は減少することになります。しかし,この程度の水深の浅場は埋め立ての対象となることが多く,実際,高度経済成長期を中心に非常に広い範囲が埋め立てられ,このことが急速な干潟や藻場の減少を引き起こしました.たとえば,干潟については昭和20年頃から比べると兵庫県の沿岸では3分の1程度に減少しているとの報告がありますし,藻場についてはあまり詳しい資料がありませんが,同じ期間には何割かの減少があったと推察されます.しかも,今後これらの海域で水質が改善して海水の透明度が相当程度回復しても,埋め立てによって海岸線(汀線)での水深が深くなっているところでは浅場の面 積は大きくは増えないため,藻場の回復はあまり期待できません.このため,藻場を回復させるためには既存の護岸の改良等によって,海藻類の生育しやすい環境を作り出していく必要があります.このための手法として,新たに作られる護岸をこれまでの切り立った垂直護岸ではなく海藻類がより着生しやすいとされる傾斜護岸にしたり,自然の岩礁 をまねた磯場や砂と岩の混じった人工海岸に変える方法などが試みられています.

埋め立てと水質の悪化による藻場の減少

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