Intergenomics Seminarセミナーと勉強会

第6回 インターゲノミクスセミナー
「RNAを介したインターゲノミクス」

講演タイトルと講演者

「クリ胴枯病菌を抑えるRNAウイルスの分子生物学」
鈴木信弘 先生(岡山大学資源生命科学研究所)
「低分子RNAを介した可塑的な遺伝子発現調節―RNA干渉機構に依存するイネ胚発生とゲノム寄生因子の対宿主戦略―」
佐藤 豊 先生(名古屋大学生命農学研究科)

世話人より

 第六回インターゲノミクスは「RNAを介したインターゲノミクス」というテーマで2名の講師を招いて行われた。これまでのインターゲノミクス研究会ではある生命現象をゲノム進化レベルあるいは遺伝子からタンパク質へと結ぶセントラルドグマレベルの視点でまとめた話題を紹介してきた。今回はそのようなセントラルドグマの法則でつながれた経路を、RNA(RNAサイレンシング機構等)の介在により制御し、新たな生命機能が生み出される現象について話題提供していただいた。

鈴木先生には糸状菌とウイルスの相互作用について話題提供していただいた。 クリ胴枯病菌はクリに甚大な被害を及ぼす病原糸状菌であるが、いくつかのRNAウイルスが感染することにより病原性が低下してしまう現象が見出されており、糸状菌とウイルスの相互作用を研究する上で興味深いモデルである。病原菌の病原性低下を導くメカニズムはGタンパク質、cAMP経路やMAPK経路の阻害など多面的な影響が報告されているが、その上位性について明らかにすることは非常に困難である。ハイポウイルスCHV1の機能破壊実験により、パパイン様プロテアーゼp29は病原力低下作用に大きく関わっていることが明らかとなった。このp29はRNAサイレンシングのサプレッサーとして知られているHC-Proと機能的に類似しており、糸状菌のウイルス防御機構の一つであるRNAサイレンシング機構を抑制させてウイルスゲノム量を増加させていることが示唆された。また、宿主側のCHV1増殖に関わる遺伝子として、マグネシウムトランスポーターに保存されているCorAドメインを保有するnamA (after nami-gata)が明らかとされた。 糸状菌宿主内におけるウイルス間の相互作用として、CHV1と異なるファミリーのマイコウイルスMyRVを混合感染させると、2種のRNAウイルスゲノム間において競合が起こり、一方のウイルス種のみが多量に増殖する「一方向性のsynergism」が認められた。さらに、p29を強制発現させた変異株にMyRVを感染させると、RNAウイルスゲノムのセグメント間で高頻度に再編成が引き起こされることが明らかとなった。RNAサイレンシング機構は新たなウイルス種の創出を導く可能性も考えられた。 以上のようにクリ胴枯病菌の細胞内部でRNAウイルスゲノムがRNAサイレンシング機構を巧みに調節して様々な生命現象を引き起こしていることが明らかとされた。 佐藤先生にはイネにおけるmiRNAが介在する二つの事例を紹介していただいた。 一つ目はトランスポゾンと宿主との攻防についてである。DNAメチルトランスフェラーゼの発現を抑制するmiRNA 配列miRJが見出されたが、このmiRNAはCACTA型DNAトランスポゾンの内部配列にコードされていた。このmiRNA配列(トランスポゾン配列)はイネ属におけるメチルトランスフェラーゼ配列と共進化しており、トランスポゾンがmiRNAを介して宿主のトランスポゾン不活性化機構を抑制する戦略を獲得した可能性を示唆していた。 二つ目は頂端分裂の制御機構についてである。イネの頂端分裂組織を決定する機構は複雑であり、様々な研究者がその解明を試みている。頂端分裂異常を示す変異体のmap-basedクローニングを行った結果、3つのalleleの原因遺伝子が明らかとなり、それらはいずれもRNAサイレンシングに関係するものであった。それらの変異体では、miRNAの一つであるmiR166が過剰に生成され、そのターゲットである転写因子OSHB1とOSHB2の発現抑制によって頂端分裂に異常が生じていた。RNAサイレンシング蛋白質の欠損によって、どのようにmiR166の過剰発現が誘導されるのか、興味が持たれるが、野生型イネにおいて保たれている複数のRNAサイレンシング経路のバランスが破壊されるようなことが起こっているようだ。また、このような頂端分裂決定機構は単子葉植物に固有であり、双子葉植物では異なっているらしい。これは、頂端分裂を導く転写因子や実行タンパク質等は基本的に保存されているが、その引き金となる部分は可変であり、単子葉植物においてはその経路にRNAサイレンシング機構が割り込んできたという仮説が考えられている。 第7回のインターゲノミクスにおいては、国立遺伝研究所の野々村先生にイネの生殖細胞形成に関わる遺伝子について話題提供していただいたが、ここでもその実行因子としてRNAサイレンシング機構が関わっていた。RNAサイレンシング機構の本来の役割と、それをどのようにして他の経路にも役立てて行ったのか、とても興味深い。

(世話人:池田健一,中屋敷均)