Intergenomics Seminarセミナーと勉強会

第24回 インターゲノミクスセミナー
「植物体内における物質の移動とシグナル伝達」

講演タイトルと講演者

「植物の根が栄養を吸収するしくみ-カスパリー線を中心に-」
神谷 岳洋氏(東京大学大学院農学生命科学研究科)
「フロリゲンが花を咲かせるメカニズム」
辻 寛之氏(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科)

世話人より

 第24回インターゲノミクスセミナーが、平成25年6月28日(金)「~植物体内における物質の移動とシグナル伝達~」というテーマで開催されました。今回は、農学的にも大切な知見となる最先端の基礎研究を聞く機会を設けました。話題は、根が栄養を吸収する仕組みと花を咲かせるホルモン「フロリゲン」の移動ということで、植物体内を物質やホルモンがどのようにして移動するか、それらの移動にはどのような機構が関わっているかについて、2名の講師の先生から最新の研究成果をお話頂きました。セミナー会場は満員で活発な議論が行われ、大変有意義なセミナーとなりました。

 神谷先生は、選択的な物質の吸収を行なっている輸送体とは逆に非選択的な物質の侵入を防いでいる「カスパリー線」の役割と形成機構について、多くの共焦点顕微鏡による写真でご紹介いただきました。特にカスパリー線の分野は、ここ数年で大きく前進した発見があり、スベリンがカスパリー線の形成に関与していないとする最新知見の紹介に加えて、新たに発見されたカスパリー線の正確な配置を支配する遺伝子群の発現制御に関わるマスター遺伝子の同定について紹介頂きました。これまで多くの手法を用いてミネラル輸送に関わる遺伝子の変異体を同定されており、そのアプローチの独創性と成功例には圧倒させられました。

 続いて、辻先生には「フロリゲン」が花を咲かせるメカニズムについてご紹介頂きました。フロリゲンはその存在が1936年に予言され、70年近く正体が分からない幻のホルモンとされていましたが、近年の分子生物学とゲノム解読の成果から、フロリゲンの実体がHd3a/FTと呼ばれる球状タンパク質であることが分かりました。さらに、フロリゲンの受容メカニズムについては、構造生物学を用いた共同研究から、まさに長年不明であったフロリゲンの機能が明らかになった発見を紹介頂きました。また、フロリゲンの持つ別の機能についても、ジャガイモの塊茎形成などの例を紹介頂きました。冒頭では、奈良県と奈良先端大の「ゆるキャラ」が紹介され、会場に笑いがこぼれました。

講演者からのコメント

神谷 先生

 この度はお招きいただきありがとうございました。私の発表要旨を見た時に「聞いたことはあるけど、カスパリー線ってなに?」という人が多かったのではないかと思います。今回のセミナーでは、カスパリー線形成の最近の知見と、自身の研究を発表させて頂きました。カスパリー線の話をラボ以外で話すのは今回がはじめてなので、分野外の人が興味を持っていただけるか心配でした。
 しかし、実際には、多くの方に集まっていただき、さらには多くの質問をいただき、多少なりとも興味を持っていただけたものと思っています。今回のセミナーを通して、カスパリー線についての理解が深まれば嬉しいです。カスパリー線の美しい3次元構造が頭のどこかに残っているだけでも、大きな収穫だと思っています。

辻 先生

 この度はインターゲノミクスセミナーにてお話する機会をいただきありがとうございました。大学生、大学院生の皆様にも出席いただけましたので、高校時代の教科書には「まだ見つかっていない」と書かれていたフロリゲンの正体が、次第に明らかにされる過程だけでも記憶に残していただければと思っております。欲を言えば、奈良先端大が誇るゆるキャラ「バイオの王様」も記憶していただければ幸いです。
 さて今回のお話で気をつけたことは、何が面白いと思っているのか、何が新しいと思っているのか、についてよく伝えようという点であります。フロリゲンは花芽をつけるホルモンですが、その作用をより一般化して考えると、未分化な幹細胞集団とそこからの器官分化、また幹細胞集団の状態遷移といった現象を考察するヒントになると思っています。また葉と茎頂のような長距離間の情報伝達を、高分子であるタンパク質が担うことからは、生物の秘めたる情報伝達の妙技が垣間見れると思っています。セミナー後や懇親会で、極めて参考になるご意見・ご議論をいただけたことを思い出しますと、皆様には私の思い以上にこうした考えを受け取っていただけたと実感しています。
 フロリゲンは葉から茎の先端まで移動して発生転換のスイッチとなりますが、研究者間でも似たところがあると信じております。すなわち奈良から神戸へ、神戸からまたどこかへ、情報と新しい考えが広がっていくというものです。今回お招きいただいたインターゲノミクスセミナーにおいても、そうしたフロリゲン役を果たすことができていれば幸いです。

(世話人:石川 亮)