Intergenomics Seminarセミナーと勉強会

第32回 インターゲノミクスセミナー
「 なぜ植物は多様な二次代謝物を創造したのか」

講演タイトルと講演者

「植物種分化の鍵となる花の香りの進化遺伝学」
奥山 雄大 先生(国立科学博物館・筑波実験植物園))
「植物二次代謝と多重酵素遺伝子」
小埜 栄一郎 先生(サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社)

世話人より

 第32回インターゲノミクスセミナーが、平成27年7月28日(火)に農学部C101教室で開催されました。今回は「植物の二次代謝物(特化代謝物)」をテーマに、国立科学博物館よりチャルメルソウの種分化の研究をされている奥山先生、サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社より植物の多様な特化代謝物を研究されている小埜先生をお招きしました。 お二人ともに非常にわかりやすくご説明いただき、参加していただいた多くの教員や学生さんも興味深く拝聴することができたのではないかと思います。

 奥山先生は、ライフワークとしておられるチャルメルソウ研究から、植物が生産する特化代謝物が、植物の種分化の鍵になっていることを示されました。種分化がおきる機構の一つとして、生殖隔離があります。生殖隔離を実現するためには、遺伝子交流を妨げる必要があります。チャルメルソウは虫媒花で、キノコバエによって花粉が別の個体へと運ばれます。キノコバエにも種類があって、シギキノコバエは、特定のチャルメルソウしか来ません。訪花昆虫の選り好みによって生殖隔離がおこなわれているのです。そのより好みの原因を調べてみると、香りの成分であるライラックアルデヒドという特化代謝物が鍵となっていることがわかりました。ライラックアルデヒドを合成する遺伝子を調べて見ると、分断淘汰を示すDNA多型がみられました。特化代謝物が、どのように植物の中で役に立っているかを示した優れた研究だと思いました。

 小埜先生は、 ゲノミクス解析を通じて俯瞰的に特化代謝物の多様性の進化を記述されています。特化代謝物の合成に関与する遺伝子には、P450 、テルペン還元酵素、ジオキシナーゼ、UDP糖依存的糖転移酵素などがあります。今回は、ジオギシナーゼを中心に話をされました。植物のゲノム比較から、ジオキシナーゼの多様化は、植物の陸上化に伴っておこったということを示されました 。また、 特化代謝物の合成に関わるタンパク質は、数個のアミノ酸の違いで大きく活性が変わってしまうので、アミノ酸配列の類似性からそのタンパク質の活性を推定することは困難であるため、合成に関与する遺伝子を推定することは難しいということでした。むしろ、一つの特化代謝物の合成経路に関与する遺伝子は、共発現しているので、その発現パターンから合成経路の遺伝子を特定することができるとのことです。ひとつひとつのミクロな研究結果を、ゲノム解析を通して俯瞰することにより、見えなかったものが見えてくる良い例だったのではないかと思います。

講演者からのコメント

奥山 先生

 野生生物だけを研究材料に扱ってきた私にとって、ゲノミクスや遺伝学の専門家の皆さんが集うインターゲノミクスセミナーという場で発表させていただけたことは大変楽しく、また貴重な経験でした。実際にチャルメルソウという植物の遺伝子が発現した結果として代謝物(花の香り)が生じ、それが野外で花粉媒介者であるキノコバエと言う全く異なる生物を特異的に誘引することで植物の繁殖成功に貢献すると言う現象は、異なる生物ゲノム間を代謝物が仲立ちする現象ということでインターゲノミクスというタイトルに合っていないこともないのではないか、などと思い講演致しましたが、多く質問も頂けてそれなりに楽しんでいただけたようで安心致しました。もう一方の演者である小埜さんは最前線で植物の代謝物とゲノミクスをつなぐ研究をされている方で、数々の研究内容をあらためて聴くことができて大変勉強になりましたし、また貴重なご意見も頂いて、自分の研究にも大変な助けとなりました。今後もこのご縁を活かして面白いと思ってもらえるようにさらに研究に励みたいと思います。ありがとうございました。

小埜 先生

 この度はインターゲノミクスセミナーにお招きいただき有難うございました。インターゲノミクス(IG)研究会は生命科学の分野を超え先駆的な試みを実践されている研究会で、私のような民間の研究者がお話をさせて頂く機会を頂けたことは光栄なことでした。植物特化代謝(二次代謝)は各論の集合体です。これまでに集積されてきた個別の代謝酵素のミクロな解析データとゲノミクス時代のマクロな視点をつなげる試みを通して特化代謝の拡大(遺伝子と代謝物)と現在の陸上植物の繁栄の関係が紐解けないかと日々妄想しています。とりとめのない事例群から荒々しい仮説(ファンタジー)を紡ぐためには分野を超えた研究者が交流することが不可欠だと思います。この神戸のルナーソサエティともいうべきIG研究会の今後の益々のご発展を祈っております(次は聴衆として参加させていただきたいと思います)。

(世話人:吉田健太郎)