将来の核融合炉のみならず現存の核分裂原子炉でも,炉構成材中の軽元素が材料の健全性に決定的影響を与えることが知られています.例えば,炉心で発生した高エナジー粒子が炉構成材に入射したとき,原子核反応によって水素同位体(水素、重水素、三重水素)やヘリウムなど軽元素が発生して,それがガスとして溜まったり(スウェリング)します.核融合炉においては,不純物原子の混入を嫌う炉心プラズマと容器壁の間が真空であるため,材料構成原子をたたき出したり(スパッタリング),保持されていた軽元素が再放出されたりする現象が問題になります.
物質表面近傍の元素分布特に軽元素の分布を非破壊的に分析するための最も有力な方法は,加速器を用いて数MeV(数百万電子ボルト=身の回りのガス分子の運動エナジーの1億倍)程度に加速した荷電粒子を探針とする方法です.測定対象試料に入射した探針粒子は試料中の原子により減速されて数100マイクロメータ程度以下の深さで止まってしまいますが,その間ある確率で,原子核に衝突して散乱されたり,原子核反応を起こしたり,原子中の束縛電子を励起したりします.それらの相互作用(反応)の結果放出される粒子のエナジーや質量を測定して,「どういう深さに何がどれだけ存在するか」ということを知ることができます.散乱粒子を測定するのがラザフォード後方散乱分光法(RBS),反跳粒子を測定するのが弾性反跳粒子検出法(ERDA),核反応生成粒子を測定するのが核反応分析法(NRA),そして励起状態の原子から放出されるX線を測定するのが粒子励起X線分析法(PIXE)です.典型的な分解能は10nm(ナノメータ=10-9m)程度です.
本研究室では,この加速器分析法の能力を高め,応用範囲を広げるための種々の新たな取り組みを行っています.そして主として核融合関連研究において現実に遭遇する種々の試料の分析を行っています.リシウムタイタネート(Li2TiO3)は核融合炉におけるトリチウム増殖ブランケット候補材料になっていますが,その6Li/7Li同位体比の分布分析もその一つです.
6 | Simultaneous measurement of deuterium distribution and impurities by emission angle analysis of deuteron induced reaction products | N. Kubota, A. Taniike, Y. Furuyama and A. Kitamura | Nucl. Instrum. & Meth. in Phys. Research, B195 (2002) pp.358-366 |
5 | RBS analysis of deuterium distribution with coincidence detection of recoil particles | N. Kubota, A. Taniike, Y. Furuyama and A. Kitamura | Nucl. Instrum. & Meth. in Phys. Research, B149 (1999) pp.469-476 |
4 | Simulation of ERD spectra for a surface with a periodic roughness | A. Kitamura, T. Tamai, A. Taniike, Y. Furuyama, T. Maeda, N. Ogiwara and M. Saidoh | Nucl. Instrum. & Meth. in Phys. Research, B134 (1997) pp.98-106 |
3 | Simulation of RBS spectra for a surface with a periodic roughness | Y. Itoh, T. Maeda, T. Nakajima, A. Kitamura, N. Ogiwara and M. Saidoh | Nucl. Instrum. & Meth. in Phys. Research, B117 (1996) pp.161-169 |
2 | A Double Detector Method for Precise Identification of the Depth Location of Light Atoms in ERD Analysis | A. Kitamura, S. Matsui, Y. Furuyama and T. Nakajima | Nucl. Instrum. & Meth. in Phys. Research, B51 (1990) pp.446-451 |
1 | Hydrogen Depth Profiling Using the 6.46 MeV 1H(19F,ag)16O Resonance by Detection of Alpha Particles | K. Umezewa, A. Kitamura and S. Yano | Nucl. Instrum. & Meth. in Phys. Research, B28 (1987) pp.377-384 |
1989年,世間を驚かせる新聞発表がありました.「パラジウムを陰極にして重水を電気分解した時,供給エナジーを大きく上回る発熱が観測された.これはパラジウム陰極内で核融合反応が起こったためと考えられる」というものでした.この現象は常温核融合と呼ばれ,世界各国で追試実験が行われましたが,10数年経った今,それを再現するための条件が見つけられず,組織的な研究は打ち切られています.
しかし,環境にやさしい原子力エナジーとして可能性を持つ極めて魅力的な核融合炉を,何とかコンパクトな原子炉として実現したいと思う情熱から,我々を含む多くの研究者が今なおこの問題に種々の方法で取り組んでおり,ミニ学会Japan CF-research Societyも設立されています,そして,数々の興味深い現象が報告されています.重水素を吸収させたパラジウムの板に機械的圧力をかける方法や,グロー放電を用いる方法,重水素化した(水素原子Hを重水素原子Dに置き換えた)有機物の液体に超音波をかける方法,重水素吸収させたパラジウムの微粒子に超音波やレーザを照射する方法などで,核融合反応生成物(ヘリウムやトリチウム)を観測したとするものや,用いた材料中の特定元素の同位体(原子番号が同じで質量が異なる原子)組成が変化したとする報告などです.
本研究室や,阪大高橋教授,東北大笠木教授のグループは,それらとはまた異なった手法でこの現象を研究しています.重水素を吸収させたパラジウムなどの物質に,keV領域のエナジーの重水素イオンビームを注入して核反応率の異常増加を期待するものです.
高橋教授のグループは,重水素の三体核反応DD(d,3He)tが通常の二体核融合反応D(d,p)tと比較して異常に大きい比率(10-4)で起こったと報告しました.笠木教授らはDD(d,4He)pnが10-7の比率で起こったと報告したほか,固体内ではD(d,p)t二体核反応率が,真空中でこの核反応を起こさせた場合に比較して50倍にも増大するという実験結果を報告し,その増大率の試料物質依存性を調べています.さらに最近大阪大学名誉教授池上氏は,ウプサラ大学における実験的研究に基づき,液体Liに軽水素または重水素を注入することにより非常に顕著な収量(増大率1014)の核融合反応Li(d,n)24Heが生じると発表しました.氏は原子核反応と化学反応とが共鳴して起こるという「バッファエナジー核融合理論」を提唱しておられ,それを検証した実験と位置づけられています.
本研究室では,上記のようなイオン注入実験を,その場で同時に加速器分析(テーマ(1))できる体系を構築して行っています.今までに,D(d,p)t反応について10程度の増大率が,金蒸着したパラジウムに重水素分子イオンを注入した場合に観測されています.また,液体Liにおける核反応率増大の再現実験も始めました.
3 | Reaction Yield Enhancement under Deuterium Ion Irradiation of Deuterated Au/Pd Samples | M. Miyamoto, Y. Awa, N. Kubota, A. Taniike, Y. Furuyama and A. Kitamura | Proc. 4th Meeting of JCF Research Society,(H. Yamada (ed.), Iwate University, 2003) pp.37-41 |
2 | Production of High Energy Charged Particles during Deuteron Implantation of Titanium Deuterides | N. Kubota, A. Taniike and A. Kitamura | Conference Proceedings Vol.70 “ICCF8”,(F. Scaramuzzi (ed.), Italian Physical Society, 2001) pp.311-316 |
1 | In-situ Elastic Recoil Detection Analysis of Hydrogen Isotopes during Deuterium Implantation into Metals | A. Kitamura, T. Saitoh and H. Itoh | Fusion Technol. Vol.29, No.3 (1996) pp.372-378 |
核融合プラズマ閉じ込め装置において,温度数億度の中心プラズマと数百度のプラズマ容器壁の間にはスクレイプオフ層(SOL)と呼ばれる緩衝領域があります.そのSOLを通じて,コアプラズマで生成されたエナジーと灰粒子,そして漏れ出た燃料粒子が容器壁に輸送されます.それらが入射した壁からは,壁材料の原子や溜まっていた燃料粒子が叩き出されてコアプラズマに逆流していき,コアプラズマに決定的な影響を与えることになります.従ってSOLプラズマにおける粒子の流れを制御することが必要になり,プラズマ閉じ込めの観点からも壁材料の健全性の観点からも,SOLプラズマは重要なものです.
本研究室では,SOLプラズマ計測の一方法として粒子捕集プローブ法の開発研究(1,2,3)をトカマクJFT-2Mで日本原子力研究所との共同研究として行なってきました.これは,SOL中にグラファイト板を置いてSOL粒子を捕集し,その板を加速器分析(テーマ(1))するものです.それにより捕集粒子の種類と入射時のエナジー分布が解り,SOLプラズマ粒子の密度分布,温度分布が解ります.捕集板を円筒にして捕集時に回転させておけば,ある程度の時間分解測定もできます.
コアプラズマのエナジー損失は主として放射損失とSOLを通じての熱伝導です.放射損失はプラズマの場合は電子の制動放射が主ですが,これはイオンの原子番号の2乗に比例して大きくなるので,大きい原子番号の不純物混入は好ましくありません.こうしたエナジー的観点だけから言うと,壁材料としては炭素CやボロンB,ベリリウムBeなどの軽元素が望ましく,リチウムLi蒸着した場合にコアプラズマの特性が向上したという実験結果も発表されています.
我々はLiに注目し,低エナジー水素同位体入射時のLiの振る舞い,水素同位体の挙動を調べています(4).加速器分析だけでなく,昇温時の試料からの放出粒子スペクトルを測定する昇温脱離スペクトル分析法などを用いて,Li試料の化学的性質変化も議論しています.
4 | Characteristics of lithium thin films under deuterium ion implantation | Y. Furuyama, K. Itoh, S. Dohi, A. Taniike and A. Kitamura | J. Nucl. Mater., Vol.313-316 (2003) pp.288-291 |
3 | Deuterium Analysis by Rotatable Collector Probe Measurements in JFT-2M Scrape-off Layer | T. Nakajima, A. Kitamura, Y. Furuyama, H. Takagi, M. Maeno, S. Sengoku and H. Maeda | J. Nucl. Mater. Vol.220-222 (1995) pp.361-364 |
2 | Measurement of H Energy and Flux by H/D Isotope Exchange in JFT-2M Scrape-off Layer | T. Nakajima, A. Kitamura, Y. Furuyama, N. Tani, M. Maeno and H. Maeda | J. Nucl. Mater. Vol.196-198 (1992) pp.1036-1040 |
1 | Study on Hydrogen Isotope Retention with Collector Probes in JFT-2M Scrape-off Layer | T. Nakajima, I. Takaya, T. Akiyama, A. Kitamura, S. Yano, S. Sengoku, H. Ohtsuka and H. Maeda | J. Nucl. Mater. Vol.179-181 (1991) pp.349-352 |
高分子フィルムがイオンビーム照射を受けると,多量の水素原子が放出され,化学的に活性なトラック(飛跡)が残ります.トラック中では炭素ラジカル(不対電子をもつ原子)やC=C結合の生成,そして架橋反応などが起こっています.様々な軽・中重イオンを用いてこの水素放出の時間的挙動を調べトラック形成の機構を調べました(1).
ラジカルは化学的に非常に活性で,電子ビームで作られたラジカルはグラフト重合の開始点として利用し多種の機能性材料を作る技術が既に開発されています.代表的一例として挙げられるのは,アミドキシム基などのキレート形成基をグラフト鎖に導入する技術で,海水中に多量に溶け込んでいる希少有用元素ウランやバナジウムの採取や,海洋汚染重金属の回収に役立つと期待されています.
ラジカル生成にはLET(線エナジー付与)が比較的小さい放射線として,上述のように電子ビームが通常使われますが,本研究室では,電子ビームとは異なったLET分布をもつイオンビームを用いて特徴ある機能性物質を作る可能性を模索しています(2).
2 | Application of Proton Beams to Radiation-Induced Graft Polymerization for Making Amidoxime-Type Adsorbents | A. Kitamura, S. Hamamoto, A. Taniike, Y. Ohtani, N. Kubota and Y. Furuyama | Radiat. Phys & Chem. Vol.69 (2004) pp.171-178 |
1 | Ion-irradiation induced hydrogen loss from polyethylene film | A. Taniike, N. Kubota, M. Takeuchi, Y. Furuyama and A. Kitamura | J. Appl. Phys. Vol.92 (2002) pp.6489-6494 |
keV−MeVのエナジー領域のイオンや電子,光子のビーム(一定の進行方向をもった粒子集団)は様々な分野で非常に多くの応用可能性をもっています.ナノ秒(ns=10-9s)程度以下にパルス化されたビームは,一般に大強度という特徴を兼ね備えます.
電流kA−MAの大強度パルスイオンビーム(PIB)は慣性閉じ込め核融合のエナジードライバとして1980年代に開発が始められましたが,今日ではそれだけでなく,物質科学の分野で,瞬時熱源やインパルス(撃力)源としての応用を模索して研究が進んでいます.
極端紫外(XUV)又は軟X線と呼ばれる波長数10nm以下(エナジー数10eV程度以上)の光,特にそれが同一位相で指向性をもったレーザは,リソグラフィーなどの超微細加工や,超高分解能の顕微鏡など,やはり多様な応用が期待されています.特に後者には,生きたまま細胞が観察できるとされる2−4nmの波長領域でのレーザ実現が一つの目標になっています.
本研究室ではns-GW大電流パルス発生装置ERIDATRON-IIを用いて,PIBや光子ビーム/レーザの発生と応用に関する研究を行っています.
数10kAのパルス陽子ビームや,Na+などのパルス中重イオンビームの発生研究(1,2,5)に始まり,そのような大電流PIBが照射されたとき物質表面上に生じるアブレーション(融発)や表面近傍の構造変化の研究(3,4,6)を行ってきました.これらは在来の方法では実現できない特異な物質の薄膜生成や合金層の形成に有望と考えられています.
最近では,パルス細管放電によるXUVレーザ発振の研究(7)を行っています.
7 | Study of the Carbon VI 18.2nm Line in a Capillary Discharge | T. Gotou, Y. Takahashi, H. Kobayashi, A. Taniike and A. Kitamura | Jpn. J. Appl. Phys. Vol.40, Part 1,No.2B (2002) pp.995-998 |
6 | Near-Threshold Ablation of Target Material Irradiated with Pulsed Ion Beams | A. Kitamura, T. Asahina, Y. Furuyama and T. Nakajima | Laser & Particle Beams Vol.13,No1 (1995) pp.135-146 |
5 | Production of Pulsed F- Beams | A. Kitamura, K. Takahashi, A. Shinmura, Y. Furuyama and T. Nakajima | Proc. 9th Int. Conf. on High Power Particle Beams, Washington D.C.,1992, pp.976-981 |
4 | Study on Ablation of Target Material Irradiated by 0.1GW/cm2 Pulsed Proton Beams | A. Kitamura, Y. Furuyama, S. Kamihata and T. Nakajima | Proc. 8th Int. Conf. on High Power Particle Beams, Novosibirsk, 1990, pp.745-750 |
3 | RBS Analysis for Multilayered Structure Changes Induced by Pulsed Ion Beam Bombardment | A. Kitamura, N. Sasaki, T. Nakajima and S. Yano | Proc. 7th Int. Conf. on High Power Particle Beams, Karlsruhe, 1988, pp.791-796 |
2 | Production of Pulsed Sodium Ion Beams from Anode Plasma Initiated by Photon Irradiation | A. Kitamura, K. Mitsuhashi and S. Yano | Laser & Particle Beams, Vol.5,Pt.4 (1987) pp.683-689 |
1 | Deflection of Pulsed Ion Beams by Toroidal Magnetic Field | A. Kitamura, S. Maebara and S. Yano | Laser & Particle Beams, Vol.5,Pt.3 (1987) pp.465-472 |
海洋微生物の中には重金属を含む有害汚染物質に耐性を示し取り込むものがあり,有害汚染物質の回収に有用である可能性があります.加速器分析を利用してこれらの動的挙動を分析する研究です.テーマ(1)で挙げたRBS,ERD,NRAそしてPIXEを駆使します.
例えば,トリブチルスズ(TBTCl)やトリフェニルスズ等の有機スズ化合物は,農薬,有機合成触媒,プラスチック安定化剤等として,広く産業に利用されています.特に海洋分野では,船舶,埠頭,魚網等に付着する貝や藻などを防ぐための防汚剤として,1960年代半ばから大量に用いられてきました.しかし,既に1970年代半ばには海洋軟体生物の生殖障害が報告され,有機スズ化合物が内分泌攪乱物質であることが明らかになってきました.そこで,環境負荷の少ない代替物質に変更されつつありますが,自然分解されにくいので,一度環境へ放出された有機スズ化合物は環境中に蓄積され,依然として残留しています.これらの残留有機スズ化合物を分解するために,海洋微生物によって分解する方法が考えられています.
本学でも,海水や底土等の海洋環境中からTBTClを分解,除去する目的で,TBTCl耐性をもった海洋微生物を海洋環境中から単離しました.そして,この耐性菌がTBTCl添加条件下で増殖した時にどのような分解物質を生産しているか,ということ調べるために加速器分析を主力とした分析研究を行っています(1).
1 | Accelerator analyses of tributyltin chloride associated with a tributyltin resistant marine microorganism | N. Kubota, H, Mimura, T. Yamauchi and A. Kitamura | Marine Pollution Bulletin, Vol.48, No.4 (2004) pp.800-805 |
自然界の放射線が生物や無機物質に与える効果に対する関心が高まっています.温泉地ではラジウムなどによる自然放射線量が高いのですが,そこではガンによる死亡率がはっきり低いという統計データがまとめられたり,動物に微量の放射線を照射することにより,生体防御機能や遺伝子修復機能が活性化されることなどがわかってきています.
本研究室では,自然環境中の放射能を利用してエナジーシステムの機能を活性化するなどの応用を模索しています.