研究内容


 
 すべての家畜は野生動物から家畜化されています。人類は長い年月をかけて家畜を人間に役立つ方向に改良してきました。その結果、家畜では有用な遺伝子変異がゲノム上に蓄積してきたと考えられています。しかし、実際にどの様な遺伝子や遺伝子変異が関わっており、どのように働いているのかはほとんど判っていません。これらの有用遺伝子を見つけ出し、その機能を解明することは大変重要となります。形質に関わっている遺伝子や変異が明らかになれば、家畜をより良く効率的に改良できるようになります。私たちは最先端の遺伝学やゲノミクスを利用して、有用遺伝子の単離や利用を研究しています。遺伝学に基づいた研究を通して、「動物」への理解が深まるような教育を行っています。学生1人1人が下記に示した研究プロジェクトのいずれかに属し、独立したテーマで研究しています。研究テーマは以下の通りです。

牛肉のおいしさに関わる遺伝子の探索

  日本では、全国で多くの肉牛が飼育され、その牛肉が出荷されています。特に我が国の固有品種である「和牛」はその品質から世界に認められています。またスーパーなどに行けば外国から輸入された牛肉もたくさん売られています。その牛肉のおいしさとは何なのでしょうか?
  「おいしさ」というは、人それぞれの感じ方が違うものであり、その判断基準は難しいものです。日本では一般的に脂肪交雑(霜降り)が多く入っているものが良いとされる傾向があります。細かい芸術作品のような脂肪が入った牛肉がおいしいということです。ま最近では、「脂肪の質」が牛肉のおいしさとヒトの健康に関係することがわかってきました。我々は脂肪交雑と脂肪酸組成に関わる遺伝子を同定することを目的とした2つのプロジェクトを立ち上げています。

1. 牛肉脂肪の割合(脂肪交雑)に関わる遺伝子と変異の同定
  和牛、特に黒毛和種は霜降り(脂肪交雑)がよく入った牛肉を生産することで知られています。霜降りは牛肉を柔らかくし、とろけるような舌触りを生み出します。神戸大学がある兵庫県は、世界に名をはせる神戸ビーフや但馬牛の生産地でもあります。これらの牛肉はいずれも素晴らしい霜降りを示します。これは生産者や関係者の長年の努力で成し遂げられてきたものであり、黒毛和種に特有な遺伝的な改良結果であることもわかっています。

  一方で、これほど改良が進んできた霜降りの遺伝子や機能についてはほとんどわかっていません。そこで我々のプロジェクトでは、この霜降り(牛肉の脂肪の割合)に関する責任遺伝子を突き止めようと遺伝学やゲノミクスを用いた研究を進めています。これらの遺伝子や変異が明らかになれば、多くも少なくも消費者が好む適度な霜降り生産をコントロールできるようになると考えています。

2. 牛肉の脂肪酸組成に関わる遺伝子と変異の同定
  本プロジェクトでは牛肉の中でも特に牛肉脂肪の質に注目しています。脂肪を構成する重要な成分に、脂肪酸があります。脂肪酸には多くの種類がありますが、大きく飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分類されます。この不飽和脂肪酸の量は、牛肉の「おいしさ」に深く関わっており、不飽和脂肪酸を多く含む脂肪は柔らかく、風味も良くなるといわれています。さらに不飽和脂肪酸はコレステロールを下げる働きがあり、ヒトの健康にもよいことがわかっています。不飽和脂肪酸の多い牛肉は、おいしくてヘルシーな牛肉、というわけです。

  我々の研究室では、飽和脂肪酸から不飽和脂肪酸を作る遺伝子SCD(不飽和化酵素)やFASN(脂肪酸合成酵素)遺伝子を調べました。その結果、この遺伝子内に変異を持つものが見つかり、その変異によって不飽和脂肪酸を作る働きが強いものとそうでないものがある、ということが分かりました。これは、この遺伝子に着目してよりおいしい牛肉を作ることができる可能性を示しており、とても有益な発見であるといえます。

  一方で、不飽和脂肪酸の量はSCD遺伝子やFASN遺伝子だけで決まっているわけではないことも明らかになりました。実際に、脂肪の代謝は非常に複雑なメカニズムでできており、まだ解明されていない部分も多いというのが現状です。つまり、これら遺伝子のほかに、他の遺伝子も影響していると考えられます。現在は、脂肪のおいしさにつながる有益な遺伝子や要因を探索することを目的とした研究を進めています。

  これら牛肉のおいしさに関わる遺伝子と変異を同定するために、我々は先端の遺伝学やゲノミクスを利用した研究を進めています。21世紀に入ってすぐにヒトの全ゲノム配列が明らかとなり、その後人類にとって有用な動物や植物の全ゲノム配列が明らかになりました。ウシでも2009年にすべてのゲノム配列が明らかにされました。そのウシのゲノム情報を利用することにより、DNAチップの開発やゲノムワイド関連解析が可能となり(下図)、牛肉のおいしさに関わる遺伝子の同定に弾みがついています。



動物の起源と遺伝資源保護

  動物、特に家畜動物と人間は人類史上長い歴史があります。野生動物の家畜化は、人類が環境を支配し地球資源を利用するための手段の一つでした。また、家畜は人類の拡がりと共に拡大し、人類に役立つように改良選抜を受けてきています。その結果、家畜の歴史とは、人類の歴史や文化そのものなのです。
  よって、家畜や古代動物のDNA分析を行うことにより、家畜と人類の歴史をひも解くことができます。さらに、各国における様々な家畜の類縁関係や遺伝的多様性を調査することにより、家畜動物の遺伝資源保護に役立てることができます。
 
  「アジアにおける在来家畜と野生近縁種の海外調査」では、在来家畜研究会主導のもとに様々な大学の先生方でチームを構成し、特にアジアを中心とした国々における家畜とその野生近縁種の調査を行っています。現在の家畜は、欧米で改良を受けた一握りの品種が世界中で飼われています。これらは能力向上のために改良選抜を受けてきていますが、その結果、遺伝的多様性が低くなる傾向にあります。一方、アジアの在来品種は改良品種に目立った能力は及ばないものの、その多様性と潜在能力を秘めています。人類が未来永劫に家畜とともに歩んでいくためには、これら潜在能力を有する様々な在来品種の利用が必須です。そこで本プロジェクトでは、様々な国々と地域を訪れ、様々な家畜種に対して調査・分析を行っています。

  「アジアにおけるウシとヤギの遺伝学的分析」では、上述の調査で得られた試料を主体にアジア全域におけるウシとヤギのDNAを用いた遺伝学的分析を行っています。ウシとヤギは約1万年前後にメソポタミア文明で、野生動物から家畜化され、その後人類の拡大とともに伝播して行ったと考えられています。現在では世界中に多くの品種が存在しています。しかし、その詳細な起源や多様性については不明な点も多くありました。近年ではDNA分析より、これら分析を通して様々な国や品種の類縁関係や遺伝的多様性を調査することが可能となりました。将来的にこれらDNA情報を用いた遺伝資源保護に役立てようとしています。