研究内容(トピックス)

紫外線により染色体DNAに発生した損傷を検出するメカニズムを解明

DNA損傷を引き起こす身近な要因の一つとして紫外線が挙げられます。紫外線によりゲノムDNAが損傷すると、DDB1とDDB2から成るタンパク質複合体(UV-DDB)が損傷を効率良く見つけて結合することで修復の開始を促進します。特にヒトDDB2遺伝子の変異は色素性乾皮症を引き起こし、紫外線による皮膚がんのリスクを著しく高めることが知られています。紫外線を照射したDNAとUV-DDBを試験管内で混ぜると、非常に効率良く結合することが以前からわかっていました。一方、細胞内でゲノムDNAはヒストンタンパク質の周囲に巻きついて「ヌクレオソーム」と呼ばれる構造を約200塩基対ごとに形成しており、この線維がさらに何重にも折りたたまれて細胞核の中に収納されています。例えば、DNA損傷がヌクレオソームの外側に露出しているか、内側に隠れているかによってUV-DDBの損傷へのアクセスが影響を受けることは容易に想像されます。しかし、ヌクレオソーム内部のDNA損傷の修復を可能にするUV-DDBの機能の詳細はこれまで不明でした。

私たちは、スイスFriedrich Miescher Institute for Biomedical Research、東京大学、大阪大学の研究グループと共同で、特定の位置に損傷を含むDNAとヒストンタンパク質によってヌクレオソームを形成させ、これにUV-DDBを結合させた複合体の立体構造を低温電子顕微鏡により解析しました。その結果、損傷がヌクレオソームの外側(ヒストンタンパク質の表面から最も遠い位置)に露出している場合には、元のヌクレオソームの構造をほとんど変えずにUV-DDBが損傷に結合できることが確かめられました。次に損傷の位置を数塩基ずつずらした種々のDNAを用いてヌクレオソームを調製し、同様の解析を行いました。これにより損傷がヒストンタンパク質の表面に向かって次第に近づき、ヌクレオソームの内側に隠れるため、UV-DDBのアクセスに影響を与えるものと予想されました。実際、損傷が元の位置から移動するに従ってUV-DDBの結合が弱まる傾向が見られた一方、そのような条件で形成された複合体の構造を低温電子顕微鏡で解析したところ、驚いたことにヌクレオソーム上でDNAが数塩基分「滑る」ことで、損傷が当初の想定よりもヌクレオソームの外側に向いていることがわかりました。一般に、DNA損傷はゲノムDNA上の何処で何時発生するか予測することは困難で、修復タンパク質がアクセスしやすいヌクレオソームの外側に損傷が生じるとは限りません。今回の結果は、標的となるDNA損傷がヌクレオソームの内側に隠れている時に、損傷を検出するタンパク質がATP加水分解のエネルギーを使わずにヌクレオソーム側の構造変化を引き起こすことで安定な複合体を形成し、修復反応の開始を可能にするメカニズムを初めて明らかにしたものです。私たちはこのメカニズムをSlide-Assisted Site-Exposure(SAsSE)と命名しましたが、DNA結合タンパク質がヌクレオソーム上の標的部位をいかに認識して結合するか、DNA修復にとどまらず幅広いゲノム機能の制御を考える上で重要な意義を持つ研究成果といえます。

UV-DDBがヌクレオソーム上のDNA損傷に結合した上で、実際に修復反応を開始するためにはヒストンタンパク質を解離させ、数多くの修復タンパク質を呼び込むことが必要と考えられています。今回の研究成果はこのような一連のプロセスの詳細な解明において重要な意義を持つもので、その人為的な制御が可能になれば、紫外線に対する防護や皮膚がんの予防につながる創薬などへの応用が期待されます。

(本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(S)の支援により実施されました)

ヌクレオソーム上の損傷位置

図1: ヒストン8量体に巻きついたDNA二重らせんのイメージ図

Aの位置に生じた損傷は外側に露出しており、タンパク質が近づきやすい。一方、ヒストンタンパク質の表面に近いBの位置の損傷は内側に隠れており、タンパク質がアクセスしづらいと考えられる。

UV-DDB結合モデル

図2: ヌクレオソームとUV-DDBの結合モデル図

仮に図1・Bの位置に損傷を持つヌクレオソームにUV-DDBが結合した複合体の構造を予測すると赤色のようになり、両者が衝突してうまく結合できない。しかし、実際に観察された複合体ではDNAがヒストン8量体上を「滑る」ことで損傷がBの位置からAの位置に移動しており、UV-DDBは黄色で示すように結合していた。

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