地球上のほとんどの生物の生活は,「植物」の光合成によって生み出された有機物と酸素によって支えられています.また,生物にとって有害な紫外線を防いでいるオゾン層は植物の放出した酸素によって生まれたものですし,石油や石炭などの化石燃料も太古の生物が光合成によって作り出した有機物からできています.しかし,「植物」というと,もっぱら陸上に生活している人間は陸上の植物だけを思い浮かべがちですが,地球は「水の惑星」ともよばれるように,その表面 の約70%は海または湖です.そして,海にもさまざまな「植物」が生育しており,地球全体の有機物合成と酸素発生の何割かは実際には「海の植物」である「藻類」(「植物プランクトン」や「海藻類」)によって,海で行われているのです.このため海における藻類の大きな変化(たとえば急激な減少)は森林の大規模な破壊と同じように,地球規模の環境に大きな影響を与えます.一方,「藻類」は地球規模での環境だけでなく,もっと身近な,沿岸の環境を考える上でも非常に重要です.なかでも「藻場(もば)」とよばれる「海の森」に相当する生態系を作る大型海藻類は,魚をはじめさまざまな海の生物に生活・繁殖の場を与え,また水質の浄化にも大きな役割を果 たしています.このため埋め立てなどによる藻場の減少は,その海域に住む生物と環境全体に大きな影響を与えます. 「昆布」,「海苔」,「わかめ」,「青のり」など,さまざまな海藻類を昔から食料として利用してきた日本人は,おそらく世界の中でももっとも海藻類を身近なものとして暮らしてきた民族でしょう.しかしその一方で,陸上の植物と違って,ふだんの生活の中で海藻類が生えているところを目にすることはほとんどないため,生き物としてはあまりなじみのないものかもしれません.海辺の街「神戸」でも,ほとんどの海岸線は護岸堤や埋め立て地になってしまっており,海の中の様子が分かる場所というのは案外ありません.また,海藻類自体が形が単純で,花も咲かないため地味ですし,なんとなくとらえどころがないということもあるでしょう.このため,野鳥や陸上植物とちがって,アマチュア研究者やマニアとよばれる人たちは非常に少ないですし,海藻類について紹介した図鑑も,あまりでていないのが現状です. しかし,日本の沿岸には非常にさまざまな海藻類が生育し,日本全体で報告されている種類は約1500種に達します.このうち,瀬戸内海の沿岸には約300種が確認されており,神戸の周辺でも比較的自然海岸の残された淡路島では130種くらいが,また人工海岸の舞子付近でも100種近くが生育しています.ただし,多様な海藻類が生育するためには十分な海水の透明度と,適度な海水の動き(波や流れ)と,加えて適当な岩場などが必要です.そのため,これらの条件が悪くなるとその場所で生育できる種類数は減少し,実際に神戸港,六甲アイランド,芦屋と大阪湾の内側へ入ってくると,10-30種と激減します.このようにそれぞれの場所に生育する海藻類の多様性は,海の環境と明らかな相関が見られ,また海藻類はその場所に定着して生活しており,寿命も比較的長いことから,海の環境の現状と変化を示す優れた指標ともなります. このような背景の中,神戸の周辺,特に大阪湾に面した神戸市や淡路島の海岸で観察される海藻について,主にその生態と分類について紹介することを目的としてこの本を作りました.その気になって目を向けてみると神戸周辺にも意外と豊かな海藻類の世界がありますし,海辺の環境を守り,改善していくためにも海藻類は重要な生き物たちです.この本がそんな海藻類について知ってもらううえで,少しでもお役に立てばと思います. |
|