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研究の紹介

研究者探訪


ミツバチのナビゲーションについて精力的なご研究を推進されている佐倉緑先生に令和4年度科研費基盤研究(B)採択課題の内容を中心にお話をお伺いしました。

ナビゲ―ション実験風景

聞き手:令和4年度科研費基盤研究(B)へのご採択おめでとうございます。まず,ミツバチをはじめとする昆虫を対象としたご研究のきっかけや,これまでどのような研究をされてきたかを教えてください。

佐倉先生:学部生のころに動物生理学の授業で,“昆虫の視覚”についての講義を受けました。そのなかで,昆虫がみている花の像は人がみている花の像と違うことを知り,紫外光がみえる昆虫と紫外光のみえない人での“視界のちがい”に関心を持ちました。そこから,人を含めた脊椎動物とは全く異なる動物の世界に興味を持ち,無脊椎動物である昆虫の世界をもっと知りたいと思ったのが大きなきっかけです。
 そして,きっかけとなった授業を担当していた江口英輔先生(横浜市立大学(当時))の研究室に修士課程で進学し,視覚に関する研究をはじめました。江口先生の研究室では,いろいろな節足動物を対象として視覚の研究をしていたのですが,私は修士課程では,複眼の概日リズム(昼夜の光環境の変化に合わせて眼の感度が日周変動するメカニズム)をテーマに夜行性の昆虫であるコオロギを対象として研究をおこなっていました。感覚器(複眼の構造や視細胞の感度など)を調べる研究がメインだったのですが,次第に中枢神経系(脳)に興味をもちはじめ,博士課程では水波誠先生(北海道大学)の研究室に移り,ゴキブリのにおいの認知・学習(餌と匂いの連合学習とそれを利用した匂い識別能力の解析)についての研究をはじめました。今でこそ昆虫がさまざまな学習をすることはよく知られていますが,当時は,その辺にいる身近な昆虫,つまり社会性昆虫(個体群の中で分業が行われ集団で生活する昆虫)でない昆虫を対象として実験室で学習の実験・解析ができる環境はまだ珍しかったのです。
 初めて参加した国際会議(International Congress of Neuroethology)でサバクアリのナビゲーションを研究しているRüdiger Wehner先生(スイス,チューリッヒ大学)の研究内容に魅了されました。博士課程でのゴキブリの研究についてWehner先生にお話ししたところ,興味をもっていただき,Wehner先生の研究室にポスドクとして受入れていただけることになりました。長くなりましたが,この初めて参加した国際学会でのWehner先生との出会いが,今私の研究の主眼であるナビゲーションの研究につながっています。Wehner研究室での2.5年間のポスドク期間は,シニアリサーチャーのThomas Labhart先生の下でコオロギを対象として偏光視に関する電気生理学的研究(脳内の偏光感受性ニューロンの応答特性の解析)をしていました。研究を進めていくにつれて偏光だけではなく,その他の環境情報(たとえばランドマークや景色など)の記憶についても興味を持つようになり,ポスドクを終え日本に帰国したタイミングでミツバチのナビゲーションの研究に着手するようになりました。ミツバチを研究対象としたのは,ミツバチは社会性昆虫であり非常に優れたナビゲーション能力を持つことと,なによりミツバチは単純な神経系にも関わらず,ナビゲーションに利用するシグナルを複雑な環境情報から的確に抽出し,記憶できるというところに関心を持ったからです。

聞き手:昆虫のナビゲーションはどこまでわかっているのでしょうか。

佐倉先生:昆虫のナビゲーションの研究は特に海外で活発にやられています。ナビゲーション行動についてはすでに様々な昆虫種で研究がすすめられています。一方,ナビゲーションの脳内メカニズムについては,ショウジョウバエなどの特定の種を対象とした研究がほとんどで,ナビゲーションの普遍性や場所記憶の観点ではあまり研究がされていません。この点に関してミツバチで行動と生理の両面から研究できればと思っています。
 動物がナビゲーションの手がかりとして利用する環境情報は,大きく3種類に分けられます。一つめは太陽や偏光,地磁気(地球がもつ固有の磁場)などのグローバルな参照情報,二つめは個々の個体の経験によるランドマークなどのローカルな情報,三つめは個体自身がどう動いたかを自己受容した情報です。それぞれの情報の知覚のメカニズムについては,すでに多くの先行研究により知見が深まっていますが,これらの情報をどう統合しているのかについては,ごく最近,偏光による移動方向の情報と自己受容による移動距離の情報の脳内での統合部位が明らかとなってきた程度で,まだまだ不明な点が多く残されています。個体自身が動くことで周囲の環境が変化していくなかで,リアルタイムでこれらの情報の変化をどう処理しているのか,ステアリングの指令(今どちらの方向に移動すべきかの意思決定)をどう記憶から引き出しているのか,記憶している場所に移動する際の脳の働きはどうなっているのか,などはほとんどわかっていません。私は,ミツバチが場所に関する記憶を脳でどう表現しているのかを解明したいと思っています。これは一生の仕事になると思っています。

顕微鏡観察

聞き手:科研費基盤研究(B)ではどのようなことに挑戦されるのでしょうか。

佐倉先生:基盤研究(B)では昆虫のナビゲーション行動を題材として概日時計が脳の高次機能に対してどのような制御機構を持つのかを解明することに挑戦します。これまでの自身の研究では,特定の餌場を学習させたミツバチのナビゲーション行動を自作した実験室内のVRフライトシミュレータにより解析し,餌場から帰巣するミツバチが往路で学習したe-ベクトル方向(偏光の向き)に定位しながら飛行すること,つまり偏光を使って飛行方向を制御していることを明らかにしてきました。しかし,偏光は太陽光によって生じるため,つねに同じ方向に飛行するためには太陽の移動による変化を補正する必要があります。私は,この補正には体内の概日時計が関わっていると考えています。そこで,昆虫の経路積算型ナビゲーション(自らの移動を方向と距離にわけて知覚するナビゲーション)の要である「偏光コンパス(太陽光によって生じる天空の偏光パターンを利用した方向検出)」における概日時計による時間補償の仕組みについて,1) 時計遺伝子による支配の有無 2) 脳内の神経経路 3) 現象を再現できるニューラルネットワークモデル構築という観点で明らかにしていきます。昆虫の「偏光コンパス」と概日時計のシステムは,どちらも神経生物学における古くからの主要トピックですが,両者はこれまで独立に研究がすすめられてきました。これらのシステム間の関係を調査するためには「ナビゲーション行動の定量的な評価」と「概日時計の位相の実験的な操作」が必要不可欠であると考えています。私が自作したVRフライトシュミレータはミツバチのナビゲーション軌跡を実験室内で詳細に解析できるところに強みがあり,この課題に取り組むのに適したシステムであるといえます。
 偏光コンパスおよび概日時計のメカニズムについては,モデル動物であるショウジョウバエを用いて,遺伝学的操作や神経活動のイメージングなどの手法を利用した研究が国内外で精力的に進められていますが,ショウジョウバエは目的地指向型のナビゲーションを観察するパラダイムがなく,偏光コンパスの時間補償の実験的な検証が難しいという難点があります。本研究で扱うミツバチは,偏光視および概日時計に関する行動学的,電気生理学的,分子生物学的知見が蓄積されている数少ない動物種であり,本研究によって今まで不可能であった昆虫の偏光コンパスと概日時計のシステムの相互作用とその神経機構をはじめて解明できることが期待されます。
 ただしミツバチについてはショウジョウバエ研究のように遺伝学的操作や神経活動のイメージングなどの手法が確立していません。他の昆虫の手法がミツバチにもすぐに適用できるというわけでもありません。基盤研究Bでは,試行錯誤を重ねつつミツバチでのオリジナルな手法を確立したいと思っています。

聞き手:今後の研究展開やどのような分野の研究者との共同研究をしていきたいでしょうか。

佐倉先生:ナビゲーションはすべての動物がおこなう基本的な行動ですが,その行動発現は,動物の生息環境とニーズによって違いがあるかと思います。そこを比較することでナビゲーションの本質に迫れるのではと思っています。基盤研究Bとおなじくして,公募研究に採択された学術変革領域研究(A)「階層的生物ナビ学」は,人や動物の群れを対象とした研究や,メカニズムから生態学,応用までを対象とした領域です。動物のナビゲーションの類似性に興味があるので,学変Aの参画を通して,いろいろな動物を扱っている研究者と交流し世界を広げていきたいと思っています。
 自然状態ではどのように移動しているかも知りたいところです。そのため,GPSを使ったバイオロギングをされている方と共同研究ができればと思っています。細かい話になりますが,ミツバチに装着する場合1辺3㎜ほどの小さいGPSロガーが実現できればと思っています。また,生体から実験的に記録できる神経応答には限りがありますが,昆虫の脳は小さいとはいえ,数多くのニューロンが相互作用して機能しています。この点に関してニューラルネットワークの観点からその道の専門家との議論をできればと思っています。
 私の研究の他分野への貢献としては,例えばロボットへの応用があると思います。ロボットにあらかじめ埋め込まれたマップを使って,ナビゲーションをさせるためには多くのメモリーが必要ですが,もっとシンプルな方法で移動軌跡を決定するアルゴリズムができればと思います。そのシンプルな方法で判断するアルゴリズムは昆虫の中にあると思っています。マップがベースのアルゴリズムは,既知の場所での移動にしか使えませんが,昆虫のナビゲーションが解明できれば,その知見を応用してロボットが未知の場所でも効率的に探索することが可能になるのではと思っています。



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URA支援へのコメント:
これまで基盤研究(C)で研究を進めてきたのですが,今回の研究構想で設備投資や研究で必要な研究分担者の体制を考えたとき,基盤研究Bの規模が適切と考え基盤研究(B)に申請をしました。その際,学内の科研費インセンティブ制度(ステップアップ挑戦型)は,不採択になった時に研究費が配分されるため,安心して基盤研究Bに挑戦することできました。また一人で申請書を書いていると,正確性を重視して細かいところを書いてしまいがちなのですが,URAから自身の構想を踏まえた説明ポイントを客観的に明示してもらえた点がとても有用でした。


関連リンク
 神戸大学HP
 神戸大学大学院理学研究科HP
 researchmap
 科研費基盤研究(B)課題



2022年8月(配信)  聞き手:城谷和代,寺本時靖 文責:城谷和代

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