HOME研究の紹介 > 若手研究者の紹介

研究の紹介

研究者探訪


生物の多様性はどのように育まれてきたのか,これまでの学説では捉えられてこなかった昆虫や微生物,植物,そしてそれらを取り巻く環境の相互の関わり合いについて独自の視点で研究をされている生態学者の辻かおる先生に,創発的研究支援事業(2022年度採択)をはじめとするこれまでの研究のルーツやあゆみをお聞きしました。


聞き手:生物の多様性における昆虫,植物,微生物の関わりについて,独自の着眼点で生態学研究をされていますが,興味をもつようになったきっかけや,研究者になりたいと思った経緯を教えてください。

辻先生:私は幼少期から昆虫が好きで,野山にでかけては,植物の観察や昆虫採集をしていました。子供の頃に,家の庭に設置していたブラックライト(誘蛾灯)に,毎日大量にあつまってくる虫を見て,色とりどりの虫が美しく,昆虫の多様性に惹かれ,興味をもったことがきっかけでした。
 同時に研究者になりたいと思ったのも,小学生の頃でした。中学・高校の生物の先生を退職された方が近所におられ,その先生に植物や動物のことを教わっていました。その先生は地域の植物や昆虫にとても詳しい方でしたので,昆虫写真家の方,九州大学や京都大学などの色々な先生方が,近所の先生の元へ訪ねられていました。その度に,「よい機会だから」ということで,私を大学の先生などに引き合わせてくださりました。その時に,一緒に来られていた先生方や大学院生の方の楽しそうな姿を見て,研究者っていいなぁ,と憧れるようになりました。研究者になりたいというその時の想いが,中学や高校でも変わることなく,昆虫の研究ができる京都大学に進学しました。

ハマヒサカキの調査

聞き手:現在の研究のターニングポイントは?

辻先生:学部生の頃,年間を通して毎週ヒサカキの観察を続けていたことがあり,冬に雪が降る中でも花の蕾をずっと食べている芋虫がいることに気づきました。芋虫は冬にはあまり活動していないイメージがあったので,冬でも活動していることに興味を持ちました。また,蕾に頭を突っ込んでいる芋虫が,蜂蜜の壺に頭だけを突っ込んでいる熊のプーさんのようで可愛くもありました。さらに観察を続けると,芋虫は大きな蕾(雄花)にはいる一方,小さな蕾(雌花)にはいないことが観察されました。この観察から私は,もしかすると,雄花にしか芋虫がいないのかもしれないと思ったのですが,それまでの学説では言われていなかったことなので,きっとそのようなこともないだろうと,その時は特に追究しませんでした。でもやはり,ずっと気にはなっており,修士2年生になって詳しく調べたところ,芋虫は雄花しか食べていないこと,そして雌花の萼には化学防御物質が雄花より二倍ほど多く含まれていることが分かりました。この発見により,世界で始めて,植物の雌雄差は植食性昆虫に,生死を分けるほど大きな影響を与えていることが示されました。このことを発端として,今の研究の主題である「花の雌雄差と,花を利用する昆虫や微生物群集,そしてそれを取り巻く環境との密接な関係」につながっています。

スタンフォードの研究室にて

聞き手:これまでも国内外の様々な分野の研究者と活発な関わりをもたれていますが,先生独自の研究発想の糧になっていますか。

辻先生:色々なことに関心をもち,様々な分野に関わってきたところが私の強みかもしれません。小学生の時に出会った大学の先生の中には,分類学や動物行動学がご専門の方がおられ,種分化や性選択,雌雄差の進化を始めとした多くのことを学ぶ機会が得られました。卒論は,動物生態学教室で,系統地理学なども研究してきました。このように,複数の分野に親しみながら研究を進めてきています。
 モデルや微生物などの他分野の研究者の方々との出会いは偶然のようなところもありました。モデルを組み込んだ研究では,進化学会で,たまたまモデルを専門とされている先生方と出会い,雑談から共同研究に発展していきました。
 花の蜜の微生物の研究を始めたきっかけも,アメリカの生態学会で面白い講演を聴いたことでした。私はちょうどその頃,ヒサカキの花が蛾の幼虫に食べられると,ヒサカキの繁殖成功や化学防御の進化にどのような影響があるかといった繁殖生態にも興味を持っていました。それを調べるには,受粉を担う送粉者を調べることが鍵だと考え,蛾の幼虫に食害された花には送粉者が来なくなり,受粉率が落ちるという仮説を立て,調べていました。様々な先行研究を基に,花と送粉者の関係は一対一の関係ではなく,花を食べる昆虫や,花や昆虫に負の影響を与える細菌などの第三者も関与する関係であると予想していました。そのような時に,アメリカ生態学会の講演で,花の蜜に棲む細菌と酵母の話を聞きました。その時の講演では,蜜に細菌がいると, 花の蜜が酸性化し, 送粉者のハチドリがあまり花に訪れなくなってしまうこと, 細菌と酵母が蜜の中で競争していること, 酵母がいると細菌が増えられず,送粉者が花によく訪れることなどを話されていました。
 既存の研究で言われていたように,微生物が花や送粉者に負の影響を与えるだけではなく,正の影響も与えているという話に,興味を抱きました。このような酵母や細菌について,日本で私が調査していたヒサカキでも調べてみたいと思ったものの,当時私は微生物の扱い方が分かりませんでした。そこで講演されていた先生に直接ご相談し,学振PD中に3カ月ほどアメリカに渡って微生物の扱い方を教えていただきました。帰国後,日本のヒサカキで微生物を調べてみると,花蜜の中では,微生物同士の様々な関連が生み出されているだけでなく,花の雄花と雌花で,その関係性が変化することなどが分かってきました。この時の研究が,今取り組んでいる花の蜜の微生物の研究につながっています。またその後,改めて渡米し,各国の研究者の方々と過ごさせていただく中で,雌雄差と種多様性の関連などについて考察を深めていきました。今でも,その先生とはミツバチやソバを題材として,複数の研究者の方を交えながら共同研究を続けています。

カリフォルニアでの蜜の調査

ヒサカキの調査



聞き手:創発的研究支援事業でのご研究ではどのようなことを目指されていますか?

辻先生:私の研究の一貫した大きなテーマは「生物がどのようにして多様になり,その多様性が維持されているか」というものです。これまでの生物多様性の学術研究では,「種内の多様性(雌雄差を含む種内多型)」と「種間の多様性(生物群集)」の二つの側面が各々独立に研究されてきました。しかし私のこれまでの研究から,雌雄差と生物群集が密接に繋がっていることが分かってきました。そして,雌雄差が生物群集に与える影響,また逆に,生物群集が雌雄差の進化に与える影響は,温度や降水量などの気象的環境や,周囲の植生環境,人為的な環境改変の影響を受けており「環境依存的」であることが示唆されました。創発的研究支援事業では「種内の多様性」と「生物群集」の繋がりが,環境によりどのように変化するのか,環境依存的な繋りを解き明かす「多様性輪環学」の創成をめざしています。
 将来的には,気候帯を跨ぐ大きなスケールでの研究へと発展させていきたいと考えており,これまであまり関わりのなかった気象学分野の知見も得られればと思っています。まずは日本の環境や気候帯で基盤的な研究を行い,その後異なる気候帯や環境を比較対象として世界中で調べていく予定にしています。創発のパネルには,医学系の方もいらっしゃいます。私は蛾の行動など生き物の行動自体にも興味があるので,神経科学を研究されている方々や,病気の男女差に注目されている方など様々な分野の方々とお話できる機会を楽しみにしています。



❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ 

URA支援へのコメント:
4月から本学に着任したばかりで研究費関係のことをまだ十分に把握できていなかった頃,理学研究科の教授会でURAから創発的研究支援事業の紹介があり,この事業を知りました。この事業は長期的な研究を支援することと,挑戦的なテーマの提案を求めているという説明を聞き,是非申請してみたいと思いました。どのように申請書を準備したら良いのかを,URAにコンタクトをとり相談に乗っていただきました。申請書を準備する中で,URAから「この部分をもう少し説明した方がよい」などの色々なコメントをいただき,創発の提案内容がより良く伝わるような表現へと,改善することができました。
模擬面接では,研究費のための面接は初めてでしたので,過去の創発採択の先生や他分野の先生から貴重なアドバイスやコメント,質問をしていただけ,プレゼンを改善することができ,感謝しております。ありがとうございました。


関連リンク
 神戸大学HP
 神戸大学理学研究科HP
 個人HP
 researchmap
 創発的研究支援事業



2023年2月(配信)  聞き手:城谷和代,寺本時靖 文責:城谷和代

学術研究推進室

〒657-8501 兵庫県神戸市灘区六甲台町1-1
TEL:078-803-6527

Copyright ©2020 Office of Research Management, Kobe University, All Right Reserved.