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研究の紹介

研究者探訪


工学や生態学や農学、法学や心理学など異分野の研究者と文理融合研究・異分野融合研究を数多くされている環境経済学者の佐藤真行先生に、研究の魅力についてお話しを伺いました。



聞き手:先生のご専門である環境経済学とはどのような学問でしょうか?

佐藤先生:環境経済学とは、環境問題の発生原因を経済行動に求め、環境の価値評価や対策などを通じて解決を図るための経済学です。時代とともに環境問題もローカルなものだけでなくグローバルなものも発生しています。我々が直面している地球環境問題には大きく2つあり、一つは地球温暖化、もう一つは生物多様性の保全(生態系)です。前者の地球温暖化防止を目的とした国際的な枠組みで日本で特に有名なものとして、1997年に京都で開催された締約国会議(COP3)にて合意された京都議定書があります。また後者の生物多様性の保全については2010年愛知で開催されたCOP10にて、名古屋議定書や愛知目標が定められました。これらの世界規模の課題解決・目標達成にむけて、環境経済学は、環境の価値を経済学的手法によって可視化し、政策の意思決定をする際に活用することが期待されています。

聞き手:環境経済学を専門とされたきっかけをお聞かせください。

佐藤先生:京都大学の経済学部に入学した1997年に京都でCOP3が開催され、連日連夜、地球温暖化問題の会議の模様がニュース等で報道されていました。元々環境問題にも興味があったのですが、報道を見ているときに、環境経済学という分野があることを知りました。テレビで連日解説していた先生が環境経済学のパイオニアである京都大学の植田和弘先生で、先生のご発言が興味深く、そしてとても大事なことをおっしゃっていると感じました。学部2年生からのゼミ選びをする際には、環境経済学の研究室に入ることを志望し、植田先生のゼミに入ることができました。そのときに環境問題を経済学的に考える研究をスタートしました。また学生時代に植田先生を通して、ケンブリッジ大学のパーサ・ダスグプタ先生やコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ先生など偉大な先生にお会いする機会に恵まれたことも、研究を頑張る上で大きな動機や励みになりました。

聞き手:理系・文系の枠にとらわれず、いろいろな異分野の先生と組まれ学際融合的な研究を活発にされていますね。

佐藤先生:元々、植田先生は工学のご出身で、工学博士と経済学博士の両方をもっておられることもあり、研究室で扱う分野は非常に広く、学際的な研究の機会も多かったため、学生時代に自然と学際的な視点が身についたと思います。

 環境問題は本質的に学際的な研究分野だと思います。環境問題がどうなっているのかをまずわからないとどうしようもないので、工学や生態学など自然科学の知見に学ぶ必要があります。環境対策を考えるには法学的な知見や、効果を見るには人々の反応など心理学的な知見も重要です。環境問題は多面的にアプローチしないと解けないので、おのずと学際的になると思います。私自身は、理系・文系といった意識はあまりなく、自身が何系なのかも気にしていません。また私自身、別の分野の研究者と一緒にやるということがとても好きで、経済学の大学院を修了した後は、学際的な研究組織(京都大学地球環境学堂やフィールド科学教育研究センターなど)で、異分野の先生が多くいる環境で研究してきました。

聞き手:他分野の研究者と環境問題に関する共同研究はとても刺激的ですね。

佐藤先生:大学院時代には、多くの先生から様々なプロジェクトに誘っていただきました。例えば廃棄物の研究で有名な高月紘先生との研究プロジェクトでは、工学部の人たちと廃棄物を削減する研究を行いました。環境と食の安全を考えた有機農業の研究では農学部の新山陽子先生のグループと研究をしました。また環境リスクと予防原則の研究プロジェクトでは、環境法の分野で著名な早稲田大学の大塚直先生と一緒に仕事をさせていただきました。

 大きなプロジェクトでは、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)が主導した「サステイナビリティ学国際研究教育連環拠点の構築{特別教育研究経費(戦略的研究推進経費)}」に、計量経済学や環境経済学の大家で前・滋賀大学学長の佐和隆光先生をリーダーとする京大グループKSI(京都サステイナビリティ・イニシアティブ)の一員として参加しました。このプロジェクトは「サステイナビリティ学をつくる」というものであり、多数の機関からトップレベルの研究者が集結していて、とても楽しかったです。そこではサステイナビリティの測り方を研究しました。自然資本の価値と、人工資本の価値と、人的資本の価値を総合で測るという理論的基礎があるのですが、その理論を実践していくときには測定が必ず必要になります。私は学生時代に、環境の経済評価論を研究していたので、その方法論がサステイナビリティの測定にうまく繋がりました。その一部は、経済学、社会学、政治学、自然科学の多岐にわたる研究者がそれぞれの視点で「持続可能な社会」の実現に向けた道筋を示した『グリーン産業革命』に含めて頂きました。

 またこの時のサステイナビリティの研究は、自然資本やSDGsに関する研究など、その後の研究にも繋がっています。例えば、環境省の「環境経済の政策研究」事業の第Ⅲ期(平成27年度~29年度)、第Ⅳ期(平成30年度~令和2年度)を受託し、生物多様性戦略の愛知目標達成に向け、生態系の評価や認識の研究を実施しました。この時は、農林水産政策研究所の研究者など他分野の研究者にお声がけし、チームを組みました。





聞き手:現在行っておられる研究についてお聞かせください。環境経済学の中で先生はどのような視点で研究をされているのでしょうか。

佐藤先生:いま進めている研究の一つに、生態学の研究者らと都市の生態系を考えるプロジェクトがあります。都市緑地や河川、森林といった都市を取り巻く生態系を対象とした環境経済研究を進めていますが、その一部が本学の先端融合研究環プロジェクト「メガシティにおける河川の生物多様性が生み出す生態系サービスの評価」で、生態学が専門の本研究科の丑丸敦史さんや源利文さんらと研究をしています。生態系というと、アマゾンなど人里離れたところの自然生態系を思い浮かべますし、そういった対象の研究は多くおこなわれています。一方、私は、都市の中にも生態系はあり、人間にも強く関わっているという視点で、都市における生態系の多面的な価値の評価について研究をしています。都市の生態系として考えると、川遊びなどのレクリエーションの場という機能もありますし、六甲山に森があることで下流域の洪水が減るなど、生態系のもつ多面的な価値は都市部において独特なところがあります。アマゾンなど人間が住んでいないところでの環境の価値の測り方とは違った考え方、つまり生態系が人間に与える影響と、逆に人間が生態系に与える影響を考える必要があります。こうした‘都市’における環境の価値評価が私の研究の着眼点です。生態系には価値があるということを皆が認識し(=可視化)、その価値を政策や保全の意思決定に使っていくこと(=主流化)が大切であると考えています。

聞き手:英国ケンブリッジ大学でのご滞在(2019.3~2020.3)はいかがでしたか?

佐藤先生:ケンブリッジ大学には都市の生態系保全について研究している人がたくさんいました。私が研究滞在したのは、経済学部ではなくLand Economy学部(ランドエコンと呼ばれています)というところで、環境問題は一つの大きなテーマでしたが、都市計画、制度、土地利用も大きなテーマで、一緒に学際的に考える形でした。ランドエコンでちょうど都市の生態系保全のプロジェクトが発足し、動物学や水質の専門家が入って、都市が発展するときに生態系資源(水や森)がどのように劣化していくか、いかに守るのかを考えるプロジェクトにアドバイザーとして参加させてもらいました。

 もともとケンブリッジ大学のランドエコンを滞在先に選んだのは、学際的な研究が盛んだからという理由でしたが、実際に滞在してみると、学際的な研究を“自然に”やっていると肌で感じました。ケンブリッジ大学では「A and B」といった研究組織の立て方をしているのが多いです。例えばケンブリッジ大学にはキャベンディッシュ研究所という物理の研究所があるのですが(私はこの隣に住んでいました)、ここはInstitute of Physics and Medicine、物理学と医学を併せた研究所になっています。ここから二重螺旋のワトソンやクリック、電磁気学のマクスウェルなどが輩出されています。このように異質と思われる分野を併せた「A and B」といった研究組織が多く、学際研究を目的ではなく、手段として当然のように行っているのがケンブリッジの凄さというか、先を行っているという印象でした。


ケンブリッジ大学キングズカレッジにて。

背後に3歳の次男。

 

環境経済資源学会世界大会(マンチェス

ター大学)にてマイケル・ハネマン教授、

フランク・コンバリー教授と。




聞き手:これからのご研究についてお聞かせください。

佐藤先生:神戸市が実施する研究助成「大学発アーバンイノベーション神戸」で、コロナ禍の外出制限がある中で、健康維持、ストレス発散のために外に出る際の緑地があることの意味に着目し、「リスクの中で役立つ緑地」という観点で新たな研究を始めています。リスクとしては感染症のみならず災害も考えられます。都市と自然の共生を考える際、経済学、生態学、都市計画といった融合的研究が必要となります。この研究では、本研究科の都市計画学の平山洋介先生や、環境やリスクをどう感じるか、認知の切り口から心理学の先生とも共同して研究を始めています。心への影響、ストレス緩和、抑うつ防止などに対し生態系が与えるよい影響をどう測るかなども研究していきます。

 また都市における生態系の研究においては、人口変化をキーとした研究を始めています。1980年代まで増加が前提であった人口は、今ではすでに本格的な減少局面に入っています。欧州なども人口が減ってきていますが、日本はさきがけて人口が減少しています。これから世界各国で生じてくる問題であると考えられます。また、都市に人が集まるということは、その分都市以外で減っているということです。日本の生態系は、人の手が入ることで維持されていますが、手入れがなくなった生態系は荒れ果てる一方です。都市化によって都市以外の生態系が破壊されるといった問題が生じているのです。過度の都市化は大きな問題だとも思っていますが、経済的な圧力もあるので、その中でどうやって生態系を保存するのかを考える必要があるかと思います。このようなことから人口移動はこれからの日本の生態系保全において大事なポイントなっていると考えています。

 最近の研究ではエコDRR(Disaster Risk Reduction)というキーワードもあげられます。生態系を使って災害を緩和しよう、災害が起こった時のダメージを減らそうといったことです。また、エコヘルスも世界中で注目されています。医学的エビデンスが出されていて、生態系の持つ健康への働きかけに関する研究があります。都市と自然の共生において環境経済学で扱うべき対象がどんどん広がっているように思います。人間発達環境学研究科には高齢者などを考慮したコミュニティ作りやウェル・ビーイングを対象とされる人間発達関係の先生方がいらっしゃるので、今後、一緒に研究できればと考えています。また、学際的な研究を志す大学院生も大歓迎ですので、ぜひ本研究科、本研究室にきてください。一緒に研究しましょう。


関連リンク
 人間発達環境学研究科HP
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著書紹介
 Sato et al., The Impact of Institutional Factors on the Performance of Genuine Savings, International Journal of Sustainable Development & World Ecology 25(1) 56 - 68 (2018) <Web>
 Sato et al., Inclusive wealth, total factor productivity, and sustainability: An empirical analysis, Environmental Economics and Policy Studies 20 741 - 757 (2018) <Web>
 Sato et al., Effect of different personal histories on valuation for forest ecosystem services in urban areas: A case study of Mt. Rokko, Kobe, Japan, Urban Forestry & Urban Greening 28 110 - 117 (2017) <Web>

 



2020年12月(配信)  聞き手:平田充宏,城谷和代 文責:城谷和代

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