神戸大学バイオシグナル総合研究センター 生体膜機能研究分野のホームページです

 「細胞膜」は細胞の内と外を隔てる境界であり、細胞を生命の基本単位として規定しています。細胞膜は細胞内外の物質輸送と情報変換における重要な「反応の場」として機能するだけでなく、細胞の分裂や運動、分化などに伴いダイナミックな形態変化を遂げる柔軟な構造体です。「細胞膜の形状」は、細胞膜を曲げるタンパク質、膜を裏打ちするアクチン細胞骨格、細胞膜にかかる張力、細胞膜の脂質組成、などの多様な因子によって規定されると考えられますが、その詳細な分子機構はまだ明らかになっていません。
 私たちの研究室では、このような「細胞膜の生化学的、物理的シグナル」による細胞の運動、増殖、分化の分子機構と、その機能異常によるがんの発生と悪性化のメカニズムを研究しています。

F-BARドメインによる細胞膜の「張力」にもとづく細胞運動の分子機構

 私たちは「細胞膜を曲げる」活性を持つタンパク質領域を発見し、「F-BARドメイン」と名付けました(Itoh et al. Dev. Cell 2005)。F-BARドメインはアクチン細胞骨格の制御に関与するタンパク質群に高度に保存されていることから、細胞膜の形状変化とアクチン細胞骨格の動的作用を結び付けるキーファクターであると考えられます。最近、私たちはF-BARドメインを持つFBP17が「細胞膜の張力」に依存してアクチン重合を促す「膜張力センサー」として機能し、細胞運動の極性を決定することを見出しました(Tsujita et al. Nat. Cell Biol. 2015)。F-BARドメインの「細胞膜を曲げる」という性質が、細胞膜の「曲がりやすさ」すなわち「膜張力」を感知する機構を提唱したものです。細胞運動は免疫機能や個体発生において必須の生命現象ですが、その分子機構の破綻は炎症反応やがん細胞の悪性化につながります。「細胞膜の張力」というこれまで注目を集めなかった観点から、この重要な課題へのアプローチを試みています。

project1.jpg(87370 byte)

F-BARドメインを介した、がん化と炎症のシグナル伝達

 F-BARドメインを持つチロシンキナーゼFerは、さまざまながんの悪性化に関わることが近年多数報告されています。私たちはFerが細胞膜リン脂質の一種ホスファチジン酸との結合により活性化し、細胞運動を促進することを見出しました(Itoh et al. Science Signaling 2009)。また、F-BARドメインだけから構成されるPSTPIP2が、マクロファージにおける炎症反応に関わる「ポドソーム」と呼ばれる細胞膜構造の形成を抑えるブレーキ因子として作用することも見出しています(Tsujita et al. J. Cell Sci. 2013)。多様なF-BARドメインファミリータンパク質の生理機能を明らかにし、タンパク質と細胞膜脂質との相互作用を標的とする分子創薬への基盤を得ることを目指しています。

project2.jpg(82901 byte)

イノシトールリン脂質を介したシグナル伝達と疾患メカニズム

 イノシトールリン脂質は細胞膜とアクチン細胞骨格をつなぐ、重要なシグナル分子です。これまでPHドメインやFYVEドメイン、ENTHドメイン(Itoh et al. Science 2001)などのイノシトールリン脂質結合モジュールが見出されてきました。最近、私たちは新たなイノシトールリン脂質結合モジュールを発見し、「SYLFドメイン」と名付けました(Hasegawa et al. J. Cell Biol. 2011)。SYLFドメインを持つヒトタンパク質SH3YL1は、PI3-キナーゼの下流で細胞運動とマクロピノサイトーシスに関与する「dorsal ruffle」と呼ばれる膜構造の形成に関与しています。引き続き、ドメインデータベースを用いたin silicoアプローチと、生化学的手法を用いた網羅的探索法を駆使して、イノシトールリン脂質シグナリングに関わる新たな因子の発見と機能解析を行っています。

project3.jpg(52048 byte)