研究内容

  1. DNA損傷の発生を感知して修復するメカニズム
  2. 生体内においてDNA修復を制御する分子機構
  3. DNA損傷に対する細胞応答を制御するシグナル伝達経路
  4. DNA損傷によるDNA複製の停滞を回避する機構

4.DNA損傷によるDNA複製の停滞を回避する機構

DNA複製は、生命の連続性を保証する極めて重要な生命反応です。手本となるゲノムDNAに記された塩基配列を正確にコピーすることで、安定な遺伝情報の保持・伝播を担保します。DNA複製反応の主役である複製型DNAポリメラーゼは、高い合成活性と自らの誤りを修正する校正機能を併せ持つことで正確性の高いDNA複製を実現しています。しかしながら、複製の手本となる鋳型鎖にDNA損傷があると、多くの場合、複製型DNAポリメラーゼは損傷した塩基に対して正しい塩基を対合できず、複製反応は停止してしまいます。すると、やがて複製反応の停滞を認識するセンサー分子によりチェックポイント機構が発動され、細胞の増殖は停止し、それが長引けば細胞死に向かいます(「3. DNA損傷に対する細胞応答を制御するシグナル伝達経路」参照)。

DNA複製の停滞を避けるうえで、損傷の修復機構の寄与は極めて大切です(「1. DNA損傷の発生を感知して修復するメカニズム」)。一方で、DNA損傷は絶え間なく生じることから、いかに優秀な修復機構でもDNA複製反応の停滞を完全に防ぐことはできません。最近、修復反応をともなわなくても、損傷によるDNA複製反応の停滞を回避できる機構、すなわち「損傷トレランス機構」の研究が発展してきました。この機構の特徴は、損傷はそのままにして一先ず複製反応を優先させることで細胞死が起きるリスクを減らし、あとから損傷を修復することです。特に哺乳類では、損傷した塩基に対してもDNAの重合反応を行える特殊なDNAポリメラーゼが活躍する「損傷乗り越え合成」経路の重要性が注目されています。

色素性乾皮症(XP)の責任遺伝子産物の一つとして発見されたDNAポリメラーゼ・イータ(Polη)は、紫外線に代表される様々な要因で傷ついた塩基に対し、概ね正しい塩基を対合させることでDNA合成反応の停止を回避する重要な役割を担います。しかしながらPolηの損傷乗り越え合成活性が原因で、DNAを標的として複製反応の停止を引き起こすシスプラチンに代表される抗がん剤の効果が、Polηの発現量の高いがん細胞では低下することも知られています。また、もし損傷のないDNAの複製にPolηが働くと、数塩基から数十塩基に一回という非常に高い確率で間違った塩基を取り込んでしまうため突然変異の頻度は上がってしまいます。一方で、感染防御機構で重要な役割を担う抗体、すなわち免疫グロブリン遺伝子の複製に関わることで、Polηは抗体の多様性の創出にも重要な役割を果たしています。このように、一見するとまるで両刃の剣のようにメリットとデメリットをもたらすPolηの働きは、時空間的に厳密に制御されている事例が近年複数報告されています。例えばDNA損傷に応答した翻訳後修飾やタンパク質レベルのコントロール、クロマチンリモデリング因子との相互作用などが、Polηの機能制御に重要であると考えられます。

このようなことを背景として、私たちはPolηの機能解析を中心に、正確なDNA複製を担保するメカニズムと発がん、老化、免疫機能の多様性を制御する生体分子シグナル経路の解明に取り組んでいます。

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