2026年02月03日(火)15時30分~18時15分 神戸大学人文学研究科B334
2020年代前半までにAI倫理原則は出そろい、今後は実践のフェイズだとしばしば言われる。しかし近年、原則そのものへの批判が多方面から提起されている。本発表では、こうした原則批判の多様なルートを整理する。原則は抽象的すぎて実践の指針にならないという批判、原則は規制逃れの道具にすぎないという「エシックス・ウォッシング」批判、AIアライメントの一部として倫理原則を組み込む試みは必ず失敗するという批判——これらは異なる問題意識に基づいている。そのうえで、生命倫理学における原則アプローチへの批判と擁護の歴史を参照し、原則の意義を再検討する。
本発表は、認知症などにより人格の連続性が深刻に断絶した状況において、生身の人格の声と、過去の人格を高精度に再現するデジタル複製の声が食い違う場合、どちらを「その人の声」として尊重すべきかを問う。具体例として、認知症によって性格が大きく変容した母と、その過去の人格を再現するデジタル複製を前にした当事者の葛藤を取り上げる。生身の声を退け、デジタル複製の声を尊重することは人格への不敬なのか、それともその人が体現してきた人格を尊重する態度として理解されうるのかを検討する。最終的に本発表は、生身か複製かという二元論を超え、状況に応じて複製の声を参照点としつつ生身の声を解釈するという方針を示し、それを通じて、デジタル複製時代に向けて「人格の尊重」を再構成する必要性を提案する。