研究領域と概要

青ナイルの河畔

水環境学研究室の研究基盤は,水文学と潅漑排水学にあります.水環境学の研究は,特に水資源の開発と管理を通じて,社会に貢献することを目標としています.このため卒業研究,修士論文,博士学位論文での研究テーマは,潅漑排水,流域水文,水質・水文を基軸としたものとなっています.

具体的に,水環境学分野では,河川流域の水文・水質特性,流域管理のための洪水・渇水予測法,山林・農地などの流域からの物質フラックスの流出モデル開発,流出物質量の定量的な評価,オンサイト水質観測システムの開発等について研究を行っています.

Optimization of hydrological model parameters

研究課題としては,「ナイル川流域とその周辺における水資源の有効利用と灌漑水管理手法」,「新疆ウイグル自治区における持続的な水資源開発・利用と灌漑農業の改良に関する研究」「流出モデル定数探索への大域的探索手法と多目的計画法の応用」,「緑のダム機能の水文学的評価」,「気候変動が流域水文特性と利水管理に与える影響に関する研究」,「集水域水質観測システムの開発」,「面源流域からの流出物質フラックスの定量化手法の研究」,「山林小流域の水質形成と流出特性に関する研究」等があります.

ナイル川流域とその周辺の調査研究では,衛星データに基づくスーダン・ガッシュデルタ洪水かんがい地区の蒸発散量の空間分布特性の把握と灌漑性能評価に取り組んでいます.中国・新疆ウイグル自治区における持続的な水資源開発・利用と灌漑農業の改良に関する研究では,オアシス潅漑農地における作付パターンと地域の水需給状況の関係,さらに対象地区の耕地塩類化及び砂漠化について検討しています.流出モデル定数の最適化手法に関する研究では,複数の評価基準をそれぞれできるだけ満足させるために,多目的計画法の一つである妥協計画法によってタンクモデルなどの流出モデル定数を決定し,実際の流域に適用してその効果を明らかにしています.緑のダム機能の評価では,島根県東部の山林小流域を対象として,間伐が水収支及び長期・短期流出特性に及ぼす影響を調べています.気候変動が流域水文特性と利水管理に与える影響に関する研究では,北陸・東北地方の観測露場で観測された積雪水量の変動を簡易熱収支法及び気温指数法で再現するとともに,将来の温暖化が積雪水量やダム流域の流況に及ぼす影響を推定しています.

FIPシステム 集水域からの水質フラックス観測システムの開発研究では,実際に小山林流域での濁度および溶存イオンの高頻度オンサイトモニタリングを実施しています.収集された高頻度連続水質データをもとに,濁度から推定された懸濁物質および溶存水質項目について,自然流域からの物質の流出フラックスの推定法について検討しています.負荷推定法の算定手法と水質試料のサンプリング方法の組み合わせにより流域からの流出物質量が算出されますが,このための負荷流出計算方法により一般的なレーティングカーブ法を適用して検討を加えています.水質形成と流出経路の関わりについては,流出水の土壌との接触時間と水質濃度の定量的な関係を室内実験により推定し,これを流出モデルに組み込むことで水質変動をどの程度まで説明できるかについて検討しています.

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(1)潅漑排水に関する研究

ナイル流域

これまでアフリカ,スーダン共和国の青ナイル川周辺に位置するゲジラ潅漑地区(世界最大規模の潅漑地区)を対象として,水資源管理と持続的潅漑農業に関する研究を継続して行っています.最近は,衛星リモートセンシングを利用して,スーダン東部のガッシュデルタ洪水潅漑地区における蒸発散量の空間分布特性の把握と灌漑性能評価について研究を行っています.具体的にはエネルギー収支法(SEBAL)という手法によって,蒸発散の空間分布を推定します.この結果,農地表面の起伏の程度と潅漑地区での蒸発散の空間的なばらつきの大きさ(生育状況のばらつき)の間に正の相関を見出しています.この結果によってこの地区の水利用効率を灌漑単位ごとに評価し,より効率的な灌漑の実施に役立てます.一方,中国・新疆ウイグル自治区の南西部に位置するチラ県を対象として,オアシス潅漑農地の作付パターンと水利用の関係を調べています.具体的にはいくつかのシナリオに基づいて作付パターンを変更することで,地域の水需給状況を改善する方策を検討しています.さらに,対象地区の水路とダムの組み合わせによる水利用の状況と耕地の塩類化,砂漠化の関係についても調べています.

(2)流域水文に関する研究

この研究グループに含まれる課題は,試験小流域やダム流域の水文資料に基づいて降雨流出現象の解析を行うものです.具体的な研究テーマは,流出モデル定数の最適化手法,緑のダム機能の水文学的評価,気候変動の流域水文特性への影響評価,洪水・渇水の予測など多岐にわたっています.

  1. 流出モデル定数の最適化手法

    パラメータ最適化

    降水量から河川流量を求めるための数理モデルを流出モデルといいますが,大抵の流出モデルは,解析者が決定すべき複数の未知パラメータを含んでいます.特に未知パラメータが多い流出モデルでは,これらの決定がモデル適用の成否を大きく左右します.この研究では,それら未知パラメータを進化型計算法などの最先端の最適化手法に基づいて自動的に決定する手法や,複数の解析目的を同時に満足させるための多目的計画法を応用した最適同定法について検討しています.最近では,多目的計画法の一つである妥協計画法を用いて近畿地方の3ダム流域に対して代表的な長期流出モデルである菅原の直列4段タンクモデルのパラメータ(モデル定数)を決定し,妥協計画法を適用することで,高水時と低水時の河川流量の再現性を両立させたモデルが決定できることを明らかにしています.現在,この手法を流出負荷量モデルのパラメータ最適化にも適用することで,水量と水質の再現性を両立させたモデルを決定することを試みています.

  2. 緑のダムの水文学的評価

    人工林

    森林の持つ洪水緩和機能や渇水緩和機能のことは緑のダム機能と呼ばれています,最近では,ダム建設の是非に関わる議論に際してこの言葉が頻繁に取り上げられています.本研究は,森林流域及び森林が伐採処理された農地造成流域の水文資料や,針葉樹人工林の斜面と自然雑木林の斜面での土壌物理性調査に基づいて,緑のダム機能を水文学的な観点から評価するものです.近年では,島根県東部の山林小流域で観測された水文資料(島根大学ご提供の資料)を対象とし,福嶌・鈴木による水循環モデル(HYCYMODEL)を適用して,間伐が水収支及び長期・短期流出特性に及ぼす影響を定量的に評価しており,間伐に伴う蒸発散量の減少が低水時の河川流量を増加させるという結果を得ています.

  3. 気候変動が流域水文特性と利水管理に与える影響

    地球温暖化の影響予測

    この研究では,まず北陸・東北地方の3観測露場において観測された積雪・融雪期の積雪水量の変動が簡易熱収支法(水津)及び気温指数法(Hock他)で概ね再現できることを確かめています.次いで,気候モデルによる将来の気温上昇及び降水量変化の予測結果に基づいて,現在から2100年までの積雪水量の変化を推定しています.簡易熱収支法及び気温指数法は,多雪地域のダム流域における融雪流出解析にも適用しており,気候変動が積雪・融雪期の流況に及ぼす影響の評価について検討しています.一方,西日本のダム流域を対象として,将来の気温上昇及び降水量変化がダム流入量の流況曲線に及ぼす影響についても調べており,西日本では,気温上昇に伴う蒸発散量の増加よりも降水量変化が流況に及ぼす影響の方が大きいという結果を得ています.

  4. 洪水・渇水の予測

    洪水の実時間予測

    洪水時においてダムから流水を安全に放流するためには,数時間先までの洪水流量をリアルタイムで予測する必要があります.一方,渇水時においては,限られた水資源を有効利用するために,数週間から数ヶ月先までの流量を予測することができれば好都合です.これまで,適応制御理論の一つであるカルマンフィルタを長短期流出両用モデルに導入した洪水予測システムを提案しており,このシステムは近畿地方の複数のダム流域において実際に活用されています.一方,Nearest-Neighbor法を始めとする統計的パターン認識法に基づく実時間流量予測法についても検討しており,これまで同法による多雪流域や大河川流域における1〜3日先流量の予測結果等を発表しています.

(3)水質水文に関する研究

このグループの研究テーマは,高頻度の水質と河川流量・雨量のモニタリングデータに基づいて,水質変動の特性評価やその予測,集水域からの物質の流出量の総量の定量的な評価などを行うものです.特に集水域kらの物質の総流出量というのは,一般には水質データの量が不足するために,評価が非常に難しいものです.このため,高頻度モニタリングデータを収集して,効率の良い推定法を探求しています.

  1. 水質モニタリングシステムの開発改良

    水質データ定量性向上のフローチャート

    河川や集水域等の水系から流入する栄養塩や有機物などの物質は,湖沼や内湾といった下流の閉鎖性水域での水質汚濁につながります.農林地からの物質流出が水環境に与える影響を考える上で,汚濁物質の水域への流入総量の推定が大切になりますが,その精度など負荷量の推定方法には技術的な問題があり,汚濁物質の排出規制などの対策を講じる上で大きな阻害要因となっています.汚濁物質総量の把握のためには,物質流出の主な駆動力である洪水流出などの水文学的なデータの蓄積と理解だけでなく,水質データの高頻度の連続観測値が必要となります.このため水質の現地モニタリングに活用できる分析手法の開発と応用に関する研究を現地と実験室)で実施しています(FIP,超微量FIA法など).開発された水質モニタリングシステムは,奈良県の山林流域に設置され,15分間隔で2週間連続の溶存イオン濃度の自動観測に成功しています.

  2. 山地渓流からの懸濁物質流出

    洪水時の山地渓流

    奈良県の山林流域に長期モニタリング用の濁度計を設置し,濁度の連続観測を実施しています.懸濁物質の観測データと濁度との関係を調べることで,連続的に観測された濁度から懸濁物質濃度の値を推定することができます.これにより,ある期間の総流出負荷量を算定できるようになります.

  3. 流域からの流出物質総量の評価に関する研究

    負荷量推定研究のポスター

    実際に得られた高頻度の水質・水文データを基に,流域からの物質総量を所定の精度で得るためには,どのような評価方法や水質試料のサンプリング方法が適切であるかを,統計的な手法を利用しつつ探求しています.

  4. 流域からの溶存物質の流出評価に関する研究

    濃度シミュレーション

    実際に得られた高頻度の水質・水文データを基に,流域からの溶存物質の解析を,水文学の流出解析モデルをベースとして行っています.この成果は,総流出負荷量の推定にも利用できますし,また流域からの水野流出過程と物質の移動の素過程が,結果的にどのような流域からの水質変動として反映されるかという問題の手がかりにもなります.

神戸大学農学部食料環境システム学科生産環境工学コース(地域環境工学プログラム)水環境教育研究分野 〒657-8501 神戸市灘区六甲台町 1-1