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研究の紹介

研究者探訪        

ヘルペスウイルス、および感染した細胞の振る舞いを中心に研究され、最近はそれから発展して、遺伝性疾患の仕組みも追求しようとされている、医学研究科の有井潤 特命准教授(令和4年度AMED「革新的先端研究開発支援事業(PRIME)」採択)にお話をお聞きしました。

聞き手:はじめに、現在の研究に至った経緯をお聞かせください。

有井先生:私は獣医学科出身で、獣医師です。もともと動物が好きで、動物を用いた研究がしたいと思い、獣医学科へ進学しました。また、感染症やウイルスの研究にも興味が有り、現在の研究分野を選びました。遡れば、この分野に進んだきっかけは、高校の理系科目を物理か生物かで選択する時でした。当時、高病原性鳥インフルエンザが大流行し、さらにはヒトには直接感染しないと思われていたこのウイルスが、ヒトへ直接伝播するというショッキングなことが起こっていました。ウイルスが人間や動物にどう病気を起こすのか、を知りたいと思い、生物を学ぶことを選びました。それが研究者としての原点だったと思います。

大学に進学したのち、研究室への配属時に、学生は研究対象となるウイルスを自分で選ぶことができました。私はその時に何気なくヘルペスウイルスを選びましたが、それが現在の研究まで続くことになります。


聞き手:基本的なことなのですが、ウイルスの感染はどのようにして起こるのでしょうか。


有井先生:ウイルスは、主に遺伝子である核酸と、それを覆うタンパク質でできた殻(カプシドと呼びます)で構成されます。後に述べるヒト免疫不全(エイズ)ウイルスや、ヘルペスウイルスは、さらに外側に、脂質の膜(エンベロープ)を纏っています。カプシドやエンベロープの表面には、ウイルスタンパク質が飛び出していて、これが寄生する生物(宿主と呼びます)の細胞の表面にある特有の分子と結びつき、それをきっかけにウイルスが細胞内部に侵入します。侵入後、寄生先の細胞が持っている増殖機能を利用して、自分の複製部品を盛んに作成させ、部品が組みあがった新しいウイルスは、細胞の外へ出ていきます。これを「出芽」と呼びます(図1)。感染された細胞は、多くの場合正常に機能することができず、死んでしまいます。これが疾患の起こる仕組みの一つです。コロナウイルスは宿主細胞のACE2という分子を標的に感染しますが、この分子を表面に多く持っているのは肺や気管支の細胞です。コロナ感染症で深刻な肺炎が見られるのはこのためです。


図1.左:ウイルスの構造についての概要図 右:ウイルスの宿主細胞への侵入と出芽過程


聞き手:先生が専門的に研究されている、ヘルペスウイルスの特徴について詳しく教えてください。


有井先生:感染力が非常に強いウイルスで、ほとんどの人が感染しています。またヒトに感染するものは9種知られています。初めて感染したときに水痘(水疱瘡)や突発性発疹などを引き起こすウイルスもありますが、すぐに病気を起こさないウイルスも多くあります。しかし一度感染すると、ウイルスは神経節や造血幹細胞などに休眠体として潜伏し、生涯にわたって潜伏感染が続きます。免疫力低下などのきっかけで潜伏したウイルスは再活性化され、体内で増殖して皮膚・粘膜の水膨れや帯状疱疹、腸炎、肺炎などを起こします。また場合によっては脳炎を引き起こして命を落とすことも有ります。発症時の薬はありますが、対処療法であり、潜伏したウイルスを取り除くことはできず、根治療法は有りません。

 ヘルペスウイルス感染症は、天然痘や麻疹と同じく、太古から知られている病気の一つですが、その中でまともなワクチンが存在しないのはヘルペスウイルス感染症だけではないでしょうか。ずっと存在しており、知られているウイルスのはずが、ずっと対策ができていません。SARSやSARS-CoV-2(いわゆる新型コロナウイルス)のように急に現れて大きな脅威を示すウイルスと違い、ずっと存在してきて脅威に変化がなく、あまりにも身近に存在しているため、その大事さに気づけないのかもしれません。


聞き手:先生の研究はヘルペスウイルスのメカニズムを知り、根治治療につながるとお考えですか。


有井先生:そうありたいと願っています。私は分子レベルでの相互作用を調べることが好きなのですが、ウイルスがどのような宿主のタンパク質を必要としているのかが分かれば、それを標的とした予防薬、治療薬を作ることができるかもしれません。

 学生の時は、ヘルペスウイルスがどのような細胞に、どの分子を使って感染するか、つまりウイルスが細胞の中に「侵入する過程」について研究していましたが、大学院修了時に、研究分野を変えたいと思い、ユタ大学の研究室を留学先として選びました。この研究室は増殖したウイルスが感染した細胞から外に出る「出芽」過程の研究でのスペシャリストで、主にエイズを引き起こすヒト免疫不全ウイルス(HIV)の解析を行っていました。ウイルスが宿主の機能を使って増殖することは知られていましたが、ユタ大学の研究室では、HIVの出芽の段階でも、細胞がもともと備えている、「細胞膜の変形や切断する機構」を利用して、ウイルス粒子を細胞から切り離していることを世界で初めて明らかにしていました(図2左)。



 図2.
ウイルスが出芽する際に、ESCRTタンパク質群を利用して細胞膜を切断していることが発見された(左)
本来の細胞膜切断機能は、小胞を作成したり、細胞同士の繋がりを切ったりするために使われている
(右)




 細胞膜の変形、切断は、ESCRTというタンパク質群が実行すると考えられています。ESCRTによる膜切断は、膜で囲まれた「エンドゾーム」と呼ばれる器官の中に小胞を作ったり、細胞分裂の最後に細胞同士をつないでいた膜を切ったりするなど、生物にとって非常に重要と考えられています(図2右)。小胞に取り込まれたタンパク質は、リソソームによって分解されたり、エクソソームとして細胞外に放出されることで、タンパク質分子の質と量の制御に関わります。HIVにおける発見をきっかけとして、多くのウイルスも同様に、細胞膜を切る機能を流用して出芽をしていることが分かりました。私自身は、留学中にはESCRTに関連するタンパク質とHIVとの関係を研究していました。

 帰国後私は、ヘルペスウイルスの出芽について研究を進めました。これまでウイルスが細胞の外に出る最後の段階でESCRT分子が「細胞表面」や「細胞質内小胞」膜を切っていることが知られていました。これに対して私は、核内にいるウイルスが核の外に出ていく際にも、ESCRTの機能を利用して、核内膜を切っていたことを世界で初めて発見しました(図3)。つまりESCRT分子は細胞質だけでなく、核の内部でも働いていた、ということです。その本来の目的は、核の内部においても、不要なタンパク質等の物質の質と量をコントロールすることだと思われます。

 

図3.ヘルペスウイルスは核から出る際にESCRTの膜切断機能を利用していた


聞き手:核膜に着目する意義についてもう少し詳しく教えてください。


有井先生:核膜は、文字通り細胞内の核を形作っている膜のことで、二つの膜(核内膜(核質側)、核外膜(細胞質側))で構成され、内膜には、膜の構造を支えるためのタンパク質が裏打ちされており、核の形状を保っています。遺伝子の変異によってこの裏打ちタンパク質に異常が起こると、核膜の形が変わり、致命的な疾患が起きることが知られています。

 私は遺伝性疾患のうち、早老症(プロジェリア)に注目しました。核膜の裏打ちタンパク質(ラミン)をコードする遺伝子に変異がある疾患です。患者の細胞を見ると、核膜が変形していて、核内膜にESCRTタンパク質が集まっていることが分かりました。異常なタンパク質(プロジェリン)が核内膜に蓄積し、これを排除しようとESCRTタンパク質が集まっていると考えられます。

同様に、ヘルペスウイルスに感染した細胞も、核膜の形が変わっていました。ウイルスによるESCRTタンパク質の利用により、核膜の変形、切断が頻繁に起こるせいだと思われます。

 これら両者に共通することは、なんらかの因子が発端で、ESCRT分子が集まり、核膜の編集が起こっているということです。この開始点の機構を明らかにすることで、ウイルスの出芽過程や核膜内部のタンパク質の品質保持過程(プロテオスタシスと呼びます)を制御する情報が得られるのではないかと考えました(図4)。つまり、ウイルスの出芽過程の制御による抗ウイルス薬の開発や、遺伝性疾患の治療法の開発につながると考えたのです。このようなアイデアをもとに、昨年AMED PRIMEの「プロテオスタシスの理解と革新的医療の創出」領域に「核内膜プロテオスタシスの制御」という研究プロジェクトを申請したところ、採択されました。 

図4. ESCRTは本来、核内膜内の不要なタンパク
輸送のために存在しているのでは                



聞き手:
すでに2022年10月からプロジェクトが開始されていますが、PRIMEの制度について教えてください。


有井先生:この領域では三期にわたって研究が採択されます。私は最終年度、三期目の採択で、すでに第一期、二期の研究者がいます。さきがけやPRIMEは、領域内の研究者の交流を推進することが大きな特色ですが、これまでコロナウイルス感染症の影響で交流会が開けず、今年度初めて全三期分の研究者が集まり、交流会を開くことができました。交流会では、研究の内容はもとより、研究に対する思いや、自分の人となりを伝える発表が求められました。論文はその人の研究の切り取りですが、その人の研究全体の流れや、研究に対するスタンスの話を聞けて、非常にためになりました。


聞き手:最後に、ご自分の将来の研究者像についてお考えをお聞かせください。

有井先生:自分で手を動かして実験をするのが好きなので、ずっと実験を続けていきたいと思っているのですが、自分のラボを持った際には、若い研究メンバーが、実験をするのに心地よい環境を整えたいと思います。また、私の研究は基礎的なものですが、研究室名は臨床ウイルス学で、医学部付属病院も隣接していますので、今後は臨床現場と関わる仕事も進めていきたいと考えています。ヘルペスウイルス感染症は患者が多く、扱う診療科も多岐にわたるので、いろんな臨床医の先生と連携を取りたいと思います。

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URA支援へのコメント:

  昨年度はPRIMEの申請書作成、模擬面接でお世話になりました。申請書の提出締切よりも早い時期にURAの方にチェックしていただくので、その段階でモチベーションを上げ、完成度の高い申請書を作成させることは難しいのですが、それでも、第三者に見てもらうのは、大事だと思います。自分では気づかない点を指摘してもらったり、強調すべき内容などの助言をいただけました。

 PRIMEの模擬面接では、面接の準備はもとより、知識と経験豊富な学内の先生をご紹介いただいた事も良かったと思います。親身になって研究内容を聞いて下さり、貴重なアドバイスをいただけました。


今後のURAに期待することは:

 どんな予算の公募がどの時期にあるのか、またそれぞれの公募説明会においてQ&Aなどの詳しい情報や、説明会での雰囲気、ニュアンスを伝えていただきたいです。JST関連の公募に関しては、URAのホームページに既にそのような情報があることを知りましたので、今後は積極的にホームページを利用したいと思います。


関連リンク
 神戸大学HP
 研究室HP
 researchmap
 AMED PRIME プロテオスタシスの理解と革新的医療の創出 紹介資料[PDF]


2023年12月(配信)  聞き手:水雲智信,川上勝  (文責:川上勝)

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