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研究の紹介

研究者探訪


けがや病気で入院したとき、看護師の丁寧なケアに支えられた経験のある人は多いでしょう。看護師は沢山の業務を抱えるなかで、患者のことを知り、その人に合った質の高い看護を提供しています。
そのようにして臨床を支える看護師のために、看護現場にあるデータを分析し、ひっ迫する業務の軽減に貢献したい —この思いから、ナースコールのログに着目し、看護師の視点でAI・データサイエンス研究に挑む福重春菜先生(令和4年度JST_ACT-X採択)に、研究の内容や展望をお聞きしました。


聞き手:ナースコールに関するご研究に取り組まれている背景を教えてください。

福重先生:看護師は、患者さん一人ひとりに関心を寄せて、その人らしい生活を送っていくためのケアを届けたいと考えています。しかし、近年、看護師の不足と、看護師が担う役割の拡大に伴って、看護師の業務量は大きく増大しています。現場は業務を回すことだけでも大変な状況で、患者さんに関わり、その人の個性や希望を知る時間の確保が難しくなっています。より患者さんに寄り添ったケアを実践するには、看護師に「もっと頑張れ」と言うのではなく、看護師が少しでも楽になる工夫がなければ、という思いを以前から強く持ってきました。
病院には看護師が電子カルテに毎日つける記録や、機械に自動的に記録されるログが日々蓄積されていますので、それらのデータを、AIやデータサイエンスによって活用できるようになれば、看護業務のひっ迫を改善でき、結果として、患者さんに寄り添った看護の実践に繋がるのではないかと考えています。
ナースコールのログは、病院が持っているデータ群の⼀種で、もともとは機械のメンテナンス⽤に蓄積されていたものなのですが、すでにデータが相当な量で存在しているため、これを解析すれば、看護の負担軽減に活⽤できるかも知れないと考えています。ナースコールは病室からいつ発せられるか分からないものなのですが、日本では、ナースコールが鳴ると看護師は他の業務を中断して、即座に対応することが決まりになっているからです。

聞き手:「今は忙しいから、あとで。」が許されないのですね。

福重先生:はい。ナースコールは患者さんからのSOSです。心拍の異常や転倒の危険など、一刻を争う場合もあるので、業務を中断してでも対応する必要があります。一方で、ナースコールを鳴らすと看護師が駆けつけてくれるという安心感は、患者さんが治療に向き合う気持ちの上で大事な支えになっていると思います。看護師にとっては大変なのですが、必ず患者さんのSOSに対応するというスタイルは、日本の看護の良き特徴だと思っています。ですから、ナースコールへの対応を減らす、という方向ではなく、患者さんのSOSへの対応をより確実に実現するために、ナースコールデータの特徴を知ることから始めました。
これまで何百万件のナースコールのログを数理統計的に解析する研究を行ってきました。実際に、一日にナースコールを鳴らす回数には患者によって0回~何百回という大きなバラつきがあり、日ごとにも傾向は異なるので、一見、規則性がない様に思えましたが、解析を進めた結果、いくつかの要因や発生パターンも分かってきています。

データ解析中の一コマ

聞き手:今後の目標や展望をお聞かせ下さい。

福重先生:ACT-Xでは、この研究をさらに進めて「ナースコール発生予測モデル」を構築していきたいと考えています。ナースコール発生予測モデルを利用して、事前に看護師の動線や配置を工夫したり、あるいは、患者さんがナースコールを鳴らさないで済む環境を事前に整えたりすることが、実際の看護の現場で行えるようにしたいと考えています。
 これまでの研究では数理統計的にナースコールデータの特徴を捉えてきました。これにより、いまは全体の傾向としての理解ができるようになってきたという段階です。まだ、患者さんの個性や特徴を捉えたうえでの予測モデルには出来ていないと感じています。AIを活用して、電子カルテ記録などにある要素をナースコール発生予測モデルに組み込んで行きたいと考えています。
もう一つ、この研究で私が関心を向けているのは、ナースコールを押せないでいる患者さんの存在です。現状のナースコール発生予測では、ナースコールがたくさん発生する場合について主に着目していますが、逆に、性格や入院経験、周りの環境などの要因から、ナースコールを、本当は押したいのに、押せないでいる患者さんもいると思います。最終的に目指すのは、患者さんに寄り添う看護の実践ですので、そのような潜在的な患者さんのニーズに看護師が気づくことを、データがサポートできないかと考えています。

聞き手:先生は、もともとAIやデータサイエンスにも強かったのですか?

福重先生:いいえ。これまで、看護のためにデータを活用したいという思いはあっても、適切なソフトも見つからなかったので、自分でPythonを使ってプログラミングをするようになりました。現状では、看護師はAIやデータサイエンスを使って何をできるのかが分からず、一方でAIや情報科学の研究者には看護現場での課題が正確に分からない、というギャップがあると思います。看護師である自分がAIの言葉を少しでも分かるようになることには意義があると感じています。私が行っている研究では、看護師が看護現場での行動を考えることをサポートする、実践的な予測モデルを立てたいと考えていますが、モデルに組み込む要素の抽出が肝だと思っています。そのためには、現場で患者さんに接している看護師の視点が欠かせないと思っています。

看護技術演習で学生を指導する福重先生(中央)

聞き手:ACT-Xで研究活動を始められた感想はいかがですか?

福重先生:領域総括、アドバイザー、同世代の採択メンバーが集まる領域会議に参加していますが、とても温かい雰囲気です。既にAIに強い人もおられますが、私のようにAIはこれからという人もおり、参加分野についても理系から文系まで幅広いです。それぞれが「AIを使ってやりたいこと」を強く持っていて、互いの研究を真剣に聞いて、アドバイスしあったりしています。私もたくさんのコメントやアドバイスを頂きました。そういった受け入れ方をして頂いてありがたく思っています。



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URA支援へのコメント:
ヒアリング審査に呼ばれたときは、看護分野ではない方々を前に発表するのが不安だったので、URAでAI分野の先生方との面接練習会を企画して頂いたのは大変有難かったです。お陰様で実際の審査に自信持って臨むことができました。
応募すること自体、以前に研究内容をお話していたURAの人から、是非出してみて下さい、と働きかけてもらったので行ったものです。ACT-Xは名前くらいしか知らず、研究領域もレベルも、自分からは縁遠いものと思っていたので、その働きかけがなければ応募していませんでした。応募を諦めかけた時にも強く背中を押していただけたので、「どうせなら気持ちよく玉砕しよう」という気持ちで最後まで臨めました。様々な段階で伴走していただき、感謝しています。


関連リンク
 神戸大学HP
 神戸大学保健学研究科HP
 researchmap
 ACT-X(AI活用で挑む学問の革新と創成)



2023年2月(配信)  聞き手:水雲智信,城谷和代 文責:水雲智信

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