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研究の紹介

研究者探訪


パンデミックや未曾有の災害などの非常時における公益事業の役割や可能性を,社会全体を最適化する視点で究明されている中村先生に,日頃から抱かれている研究への想いや,令和4年度JST・戦略的創造研究推進事業(さきがけ)での研究活動について,お話を伺いました。


聞き手:令和4年度JST・戦略的創造研究推進事業(さきがけ)(以下,さきがけ)へのご採択おめでとうございます。先生は経営学研究の中でも公益事業論をご専門とされていますが,これまではどういった研究者像や研究を目指されてきましたか。

中村先生:学部生の頃の話に遡りますが,もともとは公務員志望でした。国家公務員や政府の中で働きたいと思っていたので,卒論では公益セクターを研究されている水谷文俊先生(神戸大学・経営学研究科教授)の研究室に入りました。学んでいくうちに公益事業を専門とするようになりました。研究ではいろいろとすごく悩むことが多く,実は,研究の道が自分には向いていないのではと思ったりしたのですが,水谷先生が私を研究の道へと背中を押してくださり今に至っています。
 私の研究者のロールモデルは水谷先生です。これまで水谷先生の背中を追いかけてやってきました。特に研究に向き合う姿勢を教えていただきました。話をはぐらかさずにきちんと対応する姿勢です。例えば,議論する際や,査読論文でのレビュアーからの指摘にもきちんと対応することなどです。いつも私はその姿勢を心がけるようになりました。
 さて,私の専門分野のお話ですが,公益事業論(公共性、公益性)を扱っています。経営学研究の主流では一つの企業の利益最大化を考えますが,私はSDGsのように社会全体の最適化に興味を持っています。対象とする社会課題において社会全体の最適化のための公益事業や公益的な観点を持った民間企業のあり方に関する経営学理論は既存の研究ではまだ十分に構築されていません。私はこれを様々な課題に応用可能な形で確立することを目指しています。
 新しい経営学理論をつくることには試行錯誤がつきものです。例えばこれまでの研究で行ってきた海外の鉄道事業(ドイツ、イギリス、スイス等)では,データを集めること自体に苦労しました。対象企業にヒアリングしようとも,企業側は「社会全体の最適化の観点で自社の経営を考えたことが無いので,そもそもリクエストに応えるようなデータが無い」と言われる始末でした。データをどう蓄積して,どのように分析可能なものにしていくか,とても悩みました。こうした苦労もありますが,社会全体を考慮した新たな経営学理論を作ることができれば,昨今のCOVID-19でみられたようなパンデミックやSDGs,災害など社会全体で取り組まなくてはならないことに新しい理論が役立つだろうと強く考えています。

六甲台の研究室にて

聞き手:さきがけのご研究は「パンデミック等の緊急時に必要となる企業間連携や住民間協力の最適体制を,公益事業を中心とした持続可能なプラットフォームとして構築する手法を確立する」ことがテーマであり,とても挑戦的なご研究に取り組まれていらっしゃいます。先生の中で,さきがけへの挑戦や,研究テーマへの想いはどのようなものだったのでしょうか。

中村先生:これまでは,もっとフォーカスしたテーマで公益事業の中での最適化などを対象にしていました。例えば,水道料金を上げられない状況下でどのようにしたらよいのかなど,社会全体ではなく公益事業の経営の最適化を研究していました。テーマの設定もこれまでの自身の研究の積み重ねをその延長線上で発展させるようなものでした。その点では,こぢんまりとしたテーマの設定になっていたように思います。研究の仕方にしても,既存研究の積み重ねを実践するスタイルで,費用と生産性の分析が中心であり,いわば起こったことに対して事後の分析を行っていました。既存研究の“後追い”のようにも感じることもあり,自身の研究者人生としてこれで終わりたくない,という漠然とした思いがありました。自身の10年後を考えた時,新しくイノベーティブなことを生み出すことをしたい,公益事業論の既存の枠組みを抜けて広げていきたい,そんな想いを抱いていました。
 そのような中,たまたま経営学研究科長である國部克彦先生に「あうんちゃうの」とさきがけへの応募を勧めていただきました。さきがけは,10年後,20年後を見据えた挑戦的な研究を推進する事業であり,私のなかでふつふつと抱いていた想いにも方向性が合うと思いさきがけに申請することにしました。テーマとしたCOVID-19は,経営学研究においても多くの研究が積み重ねられてきました。しかしこれまでの研究は,医療的な観点からの研究や個人の最適化がほとんどだったと思います。社会全体の流れの中で最適化できないかと考えたのが研究のきっかけでした。とはいえいざ研究しようとしてもCOVID-19を対象とする研究では,わかってないことが多い段階であり,その点で今研究を始めるべきか,研究がうまく進むのかなど,躊躇していた部分もありました。COVID-19をテーマとするのは5年後ぐらいかなとも考えていました。それでも,COVID-19の研究が他の研究者によって明かされてから着手したのでは,後追いにもなりかねないと思い,わからないながらに自分がまず一歩を踏み出そうと奮起しました。

聞き手:さきがけのご研究は先生のご研究全体の中でどのような位置づけでしょうか。またさきがけのご研究の醍醐味はどのようなところでしょうか。

中村先生:私の研究の大きなゴールは公共事業を中心とした自治体,地域住民,企業等の最適な連携の在り方を明らかにすることです。すべての関係について一括りにして研究することはできませんので,公益事業と自治体,公益事業と地域住民,公益事業と企業などサブテーマに分けて研究を行い,最終的にそれら全体を齟齬のないよう組み合わせていくことを考えています。さきがけでは,公益事業を中心に自治体との連携,地域住民との連携の最適なあり方に焦点をあてます。研究は始まったばかりですが,公益事業を中心とした持続可能なプラットフォームとして構築する手法の確立に一歩踏み出したところです。さきがけ研究の詳細内容については神戸大学広報誌「風(Vol.20)」(2022年12月発行)でお話をさせていただきましたので,ご関心をいただける方はそちらをご覧いただければと思います。
 さきがけの研究領域「パンデミック社会基盤」内では,研究総括,アドバイザー,採択者間での研究交流があり,とても刺激になっています。先日参加したさきがけ内での一回目のミーティングでは、理系(感染症学,数理科学等)の研究者の方が多く, バックグラウンドとしてCOVID-19についての理解が深まったのは大きな収穫でした。これまでの研究環境とは異なり,普段接することのない研究者と接することができるのはよい刺激です。 また、総括の先生が人社系の研究をよく理解してくだり,また領域内の理系の研究者とも 思っていたより距離が遠くないと感じました。こういった中で,経営学的な理論で説明することなどは,理系の研究者に対しての自身の貢献の余地は大きいと感じています。一方,自身のさきがけ研究を進める上では,社会全体のデータを複合的に組み合わせ,社会全体がどうなるかを見る点でやはりビッグデータやシミュレーションを扱う研究者との連携をしたいと思っています。

聞き手:2022年10月からさきがけの研究を開始され,まだ間もないですが,なにか大きな収穫はありましたか。

中村先生:11月に欧州(ドイツ,ベルギー,オーストリア)にヒアリング調査に行ってきましたが,ケルンやブリュッセルなど一部の都市ではサステナブルアーバンモビリティープランというものがあり,都市交通の最適化として,地下鉄,バス,自転車,スケートボートなどあらゆる移動手段と,歩行者も含めた都市交通全体の実践を目の当たりにしました。サステナブル,レジリエンス,ヘルスなど組み合わせた視点があり,このことは,これまでの鉄道中心の視点であった私に,交通全体の最適化という新しい視点を与えました。自身のこれまでの研究である公益事業にもフィードバックすることができ,これまでにない視点が見えてきました。
 また欧州では,構築した経営学理論(モデル)を状況に合わせてどう最適化させるか,といった実務的なレベルでの議論が活発になされていました。こういった実践の成果は,交通に限らず,さきがけで取り組むCOVID-19の研究においても展開できるのでは,という感触を得ることができました。さきがけの研究はまだ開始して間もないですが,すでにさきがけを通した研究活動によって想像を超える新しい研究の世界が拓けたと思っており,1年前の自分では,今のような状況は全く想像できません。社会全体の最適な在り方を状況に応じて柔軟にカスタマイズできる公益事業のプラットフォーム構築方法をつくりたいと,今,改めて思っているところです。

サステナブルアーバンモビリティープランの冊子を手に

サステナブルアーバンモビリティープランについてEU本部でヒアリング調査(右から二番目,2022年11月)





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URA支援へのコメント:
さきがけへの申請検討にあたり,URAからさきがけの事業趣旨やどういった提案を期待しているか,など詳しく説明してもらい,申請に踏み切ることができました。特に,提案テーマの設定では,科研費とさきがけの事業趣旨の違いを説明してもらったことで,研究の方向性・テーマ設定をより挑戦的なものに,がらっと変えることができました。URAとの面談やURAからの申請書へのコメントを通して,今回のさきがけでやりたいことが段々と明確になっていき,提案の構想が出来上がったと感じています。面接準備では,自身のいる分野ではあまりスライド資料の中で図を用いないのですが,色遣いなどの点も含め多くのサポートをしていただき,図を作るスキルも上がったと思います。自分だけではさきがけは獲得できなかったと思っています。URAや模擬面接時に模擬面接官としてご協力いただいた先生方に心より感謝申し上げます。


関連リンク
 神戸大学HP
 神戸大学経営学研究科HP
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 さきがけ(パンデミック社会基盤)



2023年2月(配信)  聞き手:城谷和代,平田充宏 文責:城谷和代

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