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研究の紹介

研究者探訪        

分子フォトサイエンス研究センター長の富永圭介先生に、採択プロジェクトについてお聞きしました。テラヘルツ波による分子科学研究の拠点をアジアに構築する計画に取り組まれます。

聞き手:この度はJSPS研究拠点形成事業への採択おめでとうございます。まずプロジェクトの名称にも含まれている、テラヘルツ分子科学とは何か、ご説明いただけますか。


富永先生:テラヘルツ波を用いて、分子の構造や動きを調べることをテラヘルツ分子科学と呼んでいます。1テラヘルツとは、1秒間に1兆(テラ)回振動する周波数のことで、約0.1テラヘルツから10テラヘルツの周波数を持つ電磁波のことをテラヘルツ波と呼びます。この周波数帯は、光波と電波の中間に位置する帯域にあります(図1)。そのため光と電波の両方の性質を持ちます。例えば、電波のように紙や布をよく透過します。また、レーザー光線のように、真っ直ぐに飛ばすことができます。このことを直進性、指向性を持つと言います。

 

fig1 

図1. テラヘルツ波帯域の説明図

 このような性質を利用して、テラヘルツ帯のイメージング技術が開発されています。X線では被爆の恐れがありますが、テラヘルツ波はそのような恐れがないため、空港などでの保安検査に使うことができます。また古典絵画を透過してスキャンすることで、塗り重ねられた塗料の下にある下絵の検出や絵画の古典技法の解明などにも用いられるなど、新しい分析手法として注目されています。

  分子科学の分野では、分子の構造や動きを見る手段として、紫外、可視、赤外領域などの電磁波が良く用いられています。特に赤外光は、分子の局所的な運動を調べるのに適しています。例えば、有機分子の中では、炭素原子と水素原子は化学結合で強く連結していますが、化学結合はバネのようなもので、二つの原子は振動しています。この振動を、赤外光を使って観測することができます。一方、赤外光より周波数が2桁から3桁小さいテラヘルツ波は、分子の局所的な部分の振動ではなく、分子全体の振動を観測することができます。これは、分子全体は一つの原子より質量が大きく、バネの振動数は重いものを振動させると小さくなるからです。また、分子同士は弱いながらも互いに引き合っていますので(このことを相互作用があると言います)、分子同士に働く力を調べることができます。固体や液体など、分子が集まった集合体では、必ず分子と分子の間に力が生じているため、テラヘルツ波を用いた研究では、全ての固体、液体を対象とすることができます。この分子間の相互作用が、溶液中で起こる化学反応や、固体物質の中の熱伝導や電気伝導などの輸送現象、また種々の相転移、さらにタンパク質の機能の発現等を理解するために重要な情報となってきます。本学の人間発達環境学研究科の佐藤春実教授のグループでは、テラヘルツ波を用いて高分子材料の劣化を検出する手法を開発しています。

 また、最近のSDGsで注目されていますが、太陽光エネルギーを電気エネルギーに変えるための太陽電池や、光を使って水を分解して水素を発生させる光触媒などの研究にもテラヘルツ波は有用です。分子は可視光や紫外光を吸収すると、電子の運動が活発になった励起状態になります。ほとんどの分子はしばらくすると光を放射してもとの状態(基底状態)に戻ったり、励起状態から熱を放出することにより基底状態に戻ります。ところが、この太陽電池や光触媒としての機能を持つ分子は、励起状態で、光や熱を放出するのではなく、電子を放出します。テラヘルツ波を用いてこの放出された電子を観測することができます。この電子がうまく流れることにより、太陽電池は電池として機能します。また電子がうまく水分子にわたることにより水分子の分解が可能となります。ですので、光吸収のあとに放出された電子の運命を知ることは、効率のよい太陽電池や光触媒を設計するにあたり重要となります。このような研究にテラヘルツ波は使われています。本学の分子フォトサイエンス研究センターの立川貴士教授のグループは革新的な光触媒分子に関する基礎研究を行っています。

聞き手:テラヘルツ波を用いた分子科学研究は、世界においてどのように進展してきたのでしょうか。また、この研究の発展においてブレイクスルーとなるものがもしありましたらご説明ください。

富永先生:テラヘルツ帯の分光研究は100年以上前から行われてきました。しかし、ここ20年間、テラヘルツ波の発生と検出の技術が大きく進歩したこと、また得られるスペクトルの解析方法が進展したことにより、この分野での研究が精力的に行われるようになりました。テラヘルツ波の発生と検出については、フェムト秒(10 ‐15 秒、1000兆分の1秒)の時間幅を持つ、パルス光を用いて新しい技術が開発されました。私は以前からこのフェムト秒レーザーを用いた分光研究を行っていました。フェムト秒の時間スケールでは、液体中で分子が回転したり、振動する様子をリアルタイムで追跡することができるため、このような短時間のパルス光で液体中の分子や生体高分子の構造の変化や化学反応が進行する様子を研究してきました。この経験を活かして、私はテラヘルツ帯の分光装置の開発を国内外の研究者と協力して行ってきました(図2)。

 


図2. サブテラヘルツ帯の時間領域分光装置

 テラヘルツ波を用いた分光研究の発展にはもう一つ課題がありました。それは、テラヘルツ帯における分子の吸収スペクトルを精度よく得ることができたとしても、その解析から分子の性質、例えば分子の構造、分子間の相互作用、分子の運動など、を得ることが困難でした。そこで我々は、最新の量子化学計算手法やスーパーコンピュータを用いて、テラヘルツ帯のスペクトルから分子に関する詳細な性質を求めることを行いました。これにより、実験で得られたスペクトルと、理論計算のそれとを照らし合わせることで、分子の構造や運動に関する情報を得ることができるようになりました。

聞き手:アジア諸国と国際共同研究を始められたきっかけをお聞かせください

 

富永先生:私は25年以上前から、日本学術振興会の二国間交流事業などを活用して、インドの研究者と共同研究を行ってきました。アジア諸国の中でも、インドは基礎科学研究を大変重視しています。アジア諸国で、ノーベル賞の全分野で受賞者を出しているのは、インドだけです。アジア初の自然科学の分野のノーベル賞はC. V. Raman博士で、ラマン分光の創始者として知られています。日本も基礎的な分野での研究が綿々と行われており、そういう意味で日本の研究者とは昔から交流が続いています。

 また、台湾は、Y. T. Lee教授が1986年に分子線の実験でノーベル賞を受賞するなど、分子科学研究のレベルが非常に高い国です。我々は台湾国立大学の量子化学分野のグループとテラヘルツスペクトルの解析に関して約20年前から共同研究を行ってきました。一方で、分子フォトサイエンス研究センターは福井大学の遠赤外領域開発研究センターと協定を結び、長年協力して研究を行ってます。福井大学の谷正彦教授のグループは、テラヘルツ波の発振、検出装置の開発をフィリピンやベトナムの研究者と行っています。アジア諸国では、産業発展が急速に進み、当該分野における応用研究のニーズが高まっています。

 このように、基礎研究を精力的に行ってきたインド、台湾と、応用研究のニーズと発展性が高いアジア諸国(フィリピン、タイ、ベトナム)、そして国内の研究機関(神戸大学、福井大学、自然科学研究機構、静岡大学)が一同に介した研究拠点をアジアに構築することを目的とし、今回のJSPS国際拠点形成事業(アジア・アフリカ学術基盤形成型)に採択されました(図3)。

 

 図3.テラヘルツ分子科学アジア研究拠点の実施体制概念図

聞き手:国際共同研究の魅力、配慮された点についてお聞かせください

富永先生:やはり国際共同研究は人と人の交わりなので、意見交換を密にして相互理解を深めていくことが肝要です。共同研究を通して、国内の若い研究者が国際的な舞台で活躍できる実力をつけていく環境を整備する必要があります。配慮が必要な点としては、国によって科学に対する取り組み方や成果についての考え方がまちまちであることでしょうか。足並みをそろえて共同研究を進める難易度が、相手国によってかなり異なると感じています。

聞き手:今後の国際共同研究の展望についてお聞かせください。

富永先生:まず、アジア諸国では国によって基礎化学の分野のレベルが異なるため、日本が中核となり、これまで高いレベルの共同研究を行っている台湾、インド、そして研究新興国であるベトナム、フィリピンと共に、テラヘルツ波分光装置の開発、理論化学をベースにした解析手法の開発に関する研究を通して、アジア周辺国をけん引したいと思います。

 そしてテラヘルツ帯の基礎研究結果を、さまざまな社会問題、特に、アジア地域特有の諸問題に適用していければと考えています。例えば、海洋のプラスチックごみが深刻な問題として注目されていますが、テラヘルツ波を用いた分光計測によりプラスチックの劣化を検出することができないか、検討されています。アジア諸国は海で囲まれていますので、プラスチックごみ問題の解決は急務です。アジア諸国のテラヘルツ分子科学のレベルを引き上げていくためには、我々のような研究機関だけでなく、テラヘルツ装置を製造、販売する日本国内メーカーやテラヘルツ波技術の活用に興味をもっている国内企業にも様々な形でこの事業に参加いただき、アジア諸国の研究者と交流を持ってもらうことが重要であると考えています。

 今後アジア諸国との研究拠点形成と若手研究者の育成をすすめ、彼らにテラヘルツ分子科学のバトンを渡したいと思います。

   

  

インドネシアグループが神戸大学を訪問                福井大学 谷正彦教授と

人間発達環境学研究科 佐藤春実教授と撮影        ベトナム科学技術院を訪問

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URA支援へのコメント:

 研究拠点形成事業は、大学として申請する事業です。URAの方々には、初めの申請プロジェクトの構想を立てるところから、申請書のブラッシュアップまで、大学の戦略に沿った提案となるよう、申請書作成に支援をいただきました。今回のURAの支援に大変感謝しています。今後は、本採択プロジェクトのさらなる発展のための新たな資金獲得と、本プロジェクト継続のための次の大きな国際研究助成金の獲得を考えていきたいと思っていますので、URAの方々には引き続き支援をお願いいたします。


関連リンク
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 JSPS研究拠点形成事業





2023年11月(配信)  聞き手:安野恵理,川上勝 文責:川上勝

 

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