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研究の紹介

研究者探訪


耳鼻科医として患者さんの診察や手術にあたりながら、難聴の研究もされている藤田岳先生に、2021年度の JST創発的研究支援事業(以下、「創発事業」)に採択された研究課題の内容を中心にお話を伺いました。


聞き手:まず、今回の創発事業の研究課題の内容についてお聞かせください。

藤田先生:難聴の中でも突発性難聴や加齢性難聴の多くは、内耳蝸牛と呼ばれる耳の奥の小さな器官の障害で起こります。これらは感音難聴と呼ばれますが、現在、内耳蝸牛のどこに・どのような障害が起きているかを直接観察する技術はありません。これは、内耳蝸牛が頭蓋骨深部に骨に囲まれて位置するので外部からイメージングすることが難しく、また、蝸牛は外科的に開放されると機能を失ってしまうためです。このように原因を精密に突き止めることができないことが感音難聴の診療の大きな障壁となっています。そこで今回の創発事業の研究課題では、工学的な手法を取り入れて、頭蓋骨深部に位置する内耳蝸牛まで安全・正確にアプローチする方法、さらに蝸牛内部を高解像度でイメージングできる技術を研究し、感音難聴の診療におけるボトルネックを根本的に解決したいと考えています。

聞き手:臨床医として、患者さんの診察や手術で日々お忙しいと思うのですが、今回、基礎研究を推進する事業に課題を提案されました。

藤田先生:大学の医学部に所属する臨床医に共通することですが、日常の業務では、臨床で患者さんに向き合うことと、医学生や研修医の教育が大きなウェイトを占めています。その一方で、研究を行うことへの動機づけは難しい。研究をしたいというモチベーションはあっても、実際はエフォートを割けないことが多いと思います。でも、誰かが研究を通して新しいことを発見したり、新しい薬を開発したりして、医学はどんどん進歩しています。以前の知識や技術は日々古くなっていきますので、最先端の医学に追いつく努力・勉強は臨床医として大切だと思います。でも、なぜ自分は研究も続けているかというと、そうした知識のアップデートだけでなく、自分の専門の狭い領域だけででも、何か新しいことを発見してみたいという思いを諦めきれないからだと思います。加えて、国内だけでなく世界中の研究者達と、国や文化が違っても、同じテーマで交流して切磋琢磨できることに、臨床とは異なった魅力を感じています。
 感音難聴に悩む人は、全世界に4億人以上いると言われています。急に起きる感音難聴の代表的な疾患である突発性難聴には、現在のところ標準的といわれる治療法はあるものの、いわゆるしっかりとしたエビデンスはありません。これは、自分が医者になった15年くらい前から変わっていません。一方で、同じ15年くらいの間に他の病気、例えば、がんに対する治療法は進んでいて、昔と今ではずいぶん変わりました。感音難聴の診療にあたって蝸牛の状態を正確に把握する方法がなく、エビデンスのある治療もない、という状況に耳鼻科医はみんな、もどかしさを感じていると思います。大学にいるメリットは研究環境が整っていることだと思いますので、少しでも自分たちの研究が問題解決の糸口につながればと思って研究をしています。

聞き手:創発事業では、内耳蝸牛を観察し、難聴を診断する新しい技術の確立に取り組まれますが、工学の研究者とのコラボレーションはどんなきっかけで始まったのですか。

藤田先生:大学院生の期間とアメリカ留学の期間は、分子生物学の基礎研究をしていました。そこでは医者だけでなく、世界中の研究者がしのぎを削っています。臨床もやりながらの一人の研究では、新しい知識の習得や実験にも十分な時間を割けないので、じれったく感じていました。
 アメリカへの留学体験も大きく影響していると思います。留学時代のボスは、工学部を卒業した後に医学部に入って耳鼻科医になった人でした(米国では、学部を卒業後、メディカルスクールに入って医者になる仕組み)。ラボにはいろいろな分野からの出身者がいて、たくさんの融合的なプロジェクトが動いていました。工学とのプロジェクトもあって、難聴の人が装着する人工内耳デバイスのプログラムを作っている工学系の学生もいました。その時に、違う分野の人と組むことが患者さんに研究成果を届けるためにいかに有効であるか、とくに手術と工学は相性がいい、ということに気が付きました。そこで、同じ難聴治療のための研究でも、私がもともと取り組んできた細胞・分子生物学的なものだけではなく、外科医の強みを活かして、工学と融合したデバイス開発のアプローチも行ってみようと発想を転換しました。
 とはいっても、そう簡単には進みませんでした。留学時代の友人に医療ロボットの研究をやっている工学部の先生を紹介してもらって、共同研究の話を持ち掛けたものの、先ほどもお話ししたとおり、日常の診療業務に追われて、さらには、コロナの状況で積極的に工学部の先生とディスカッションする機会も減り、強いモチベーションで研究を進めることができていませんでした。そんな時に、創発事業の公募を知り、自分がやりたい研究を進めるチャンスだと考えました。研究提案書を書く中で、新しいアイディアが浮かんだり、それを共同研究者と議論させてもらったりして、段々と研究の中身が具体的になり、内容が詰まっていきました。

聞き手:創発事業を選ばれた理由や本事業に期待していることをお聞かせください。

藤田先生:創発事業は、既存の研究分野などの枠組みにとらわれず、自由で融合的な研究を長期的に支援する事業です。短期的に確実な成果や出口を目指すというより、大きなブレークスルーを狙った研究を長期(7年)にわたって支援してくれる事業なので、基礎に軸足を置いて、将来の医療につながる研究を行いたかった自分にはピッタリだと思い応募しました。審査や採択後の研究支援はパネル(専門分野)毎に行われるのですが、私が選んだパネルは、医学・工学以外に公衆衛生や運動生理学、保健学など幅広い分野の研究者が集まっています。創発事業内での交流を通して、今は考えついてもいないような、新しいコラボレーションもできるのではないかと考えています。

山形のスキー場にて、長男と他大学の耳鼻咽喉科医師たちと(藤田先生は一番左)





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URA支援へのコメント:
神戸大学は手術ロボットの開発など、医工連携に力を入れていますので、サポート体制や設備が整ってきていると思います。今回の創発事業では、イメージング技術にも挑戦するのですが、未来工学研究開発センター、臨床研究推進センターの先生が内耳を観察する基盤技術を調べてくださり、それがきっかけで今回の研究課題の柱の一つとなる学外の研究者とのコラボレーションもスタートしました。
 創発事業に応募の際は、URAの方々に支援いただきました。この新しい事業を知ったきっかけもURAからの案内でした。研究提案書のブラッシュアップをしてもらったのは大変ありがたかったです。創発事業は、科研費のようにノウハウが蓄積されていないので、どう書けばいいのかわからなかったのですが、アドバイスをもらえたのは良かったです。学内の先生方にご協力いただいて面接練習もしていただきましたが、厳しめの想定質問をしていただいたおかげで、余裕をもって本番の面接に臨むことができました。

関連リンク
 神戸大学大学院医学研究科 外科系講座耳鼻咽喉科頭頸部外科学分野
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 創発的研究支援事業




2022年3月(配信)  聞き手:水雲智信,宮坂順子 文責:水雲智信

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