HOME研究の紹介 > 若手研究者の紹介

研究の紹介

研究者探訪


シベリア森林地帯の北方民族・ハンティの生業を研究する文化人類学者の大石侑香先生に、研究者となるきっかけや、今後の展望などについてお聞きしました。



聞き手:研究者になろうとしたきっかけはどのようなものでしょうか?

大石先生:小学6年生の時から研究したいと思っていました。子供の頃から昔話が好きで、いろんな本を読んでいく中で柳田國男の書いたものを読むようになり、民俗学に興味を持つようになりました。一方で、生まれ育った環境も影響しています。静岡県の中山間地域に生まれて、祖父が林業をやっていたのですが、林業が1960年代ごろから輸入の自由化等で衰退傾向になると、林業の周辺も変わっていきました。過疎化が進み、山村の生活も変わり、祖父たちは仕事がなくなり、生きがいを失って変わっていったという大人たちの話が、子供ながらに面白いと感じました。世界的な政治経済の変化がローカルな場で自然を相手に暮らす人々の暮らしに影響するという現象に関心を持つようになりました。そして、人と自然とのあり方を考えたいと思いました。

聞き手:文化人類学研究、とくに北極域の地域研究のきっかけはどのようなものでしょうか?

大石先生:民俗学の研究をしたいと思い、民俗学を学べる大学に行きましたが、日本だけにとどまらないでより広い観点から自然と人間との関係を考えたいと感じました。そのような中、人間とは何か、人間にとって世界とは何かについて、文化の多様性とヒトとしての普遍性から考える「文化人類学」に興味を持つようになりました。フィールドワークを通して、自身で一次資料を得るという研究手法も自分には合っていると、当時は思いました。

 北極域・シベリアに興味を持ったのは、卒業研究で行った日本の毛皮産業とミンク飼育からです。毛皮産業の展開について、より良質な毛皮を生産しているロシアに行き、調査したいと思いました。また、このこととは別に、単純に海外を見て回りたい、とくに自然豊かなところに行きたいという願望もありました。シベリアは、気温がマイナス50度以下になります。そのような厳しい環境で生きる人々に尊敬と憧れがあります。



聞き手:文化人類学のフィールドワークとはどのようなことをするのでしょうか?

大石先生:文化人類学の分野では、まず大学院在学中に2、3年間調査をして博士論文をまとめます。私は院生の頃、シベリアに延べ21カ月間滞在し、トナカイ群の管理技術や環境利用について博士論文を書きました。調査には一人で行き、現地の言葉を学び、現地の人々と生活を共にして参与観察し、一日何をして、何を話しているかなどを記録します。また、時間を特別にとってもらってインタビューをしたり、日常会話や生活の中で聞き取りをしたりします。文化人類学の調査の面白いところは、先行研究を読み込んで学術的な問いを立ててからフィールドに行くものの、調査が進む中で、問いや研究枠組み等をどんどん修正していくところです。そうすることで、研究者の偏見や勝手な思い込みを脱した、より彼らに近づいた研究にすることができます。私は当初、ヒトと動物との関係を考えるために、文献を読んで狩猟や毛皮動物飼育について調査したいと思っていましたが、調査に入った地域の人々はあまりそれらに関心がありませんでした。それよりも、彼らの関心はトナカイの飼育や内水面での漁、石油産業の援助物資にありました。とくに、牧夫たちは魚をトナカイに与えていて、トナカイ飼育と漁撈の関係が面白いと思いました。先行研究では家畜飼育をしているとそこに注目しがちでしたが、むしろ漁撈を基礎とした家畜飼育の形態があるのではないかと思い、彼らがどんなふうに自然・社会環境を利用しているか調査し、トナカイと人と魚のかかわり合いについて博士論文を書きました。この研究を通して現地の人々にとっての淡水魚やその生態の重要さが分かりました。その後はこの研究を発展させ、ArCSII(北極域研究加速プロジェクト)の中で、現在のシベリアの環境変化と先住民の漁撈について研究しています。

聞き手:現在もシベリアでのご研究を精力的にされていますね。

大石先生:この研究に加えて、現在は、科研費・若手研究を利用して、ずっとやりたかった毛皮の研究を進めています。毛皮は、かつては外貨獲得に重要な世界商品でしたが、狩猟をしすぎて毛皮動物の個体数が激減しました。そのため、より良質な毛皮を安定して生産するために、野生のキツネやミンクやテン、タヌキ等を家畜化しました。現在、国際流通している毛皮のほとんどは飼育された動物のものです。そして、毛皮交易のための狩猟はそれまでと比べて行われなくなり、さらにシベリアではソ連崩壊後には国内の毛皮生産流通構造が再編します。そうした近代産業化の過程や政治経済的変化のなかで、現地の狩猟や飼育をする人々がどのように動物たちと対峙してきたかについて研究しています。一昨年にはシベリアのキツネ飼育場で調査しました。引き続き、シベリアに行ったり北欧、北米でも調査したりしたいのですが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、今のところ渡航できていません。

聞き手:研究を通して大切にしていることは何ですか?

大石先生:大切にしていることは特にありませんが、研究の中で難しくも楽しいと思う作業は、表現することです。論文や民族誌では、他者の経験を事例とし、それをとおして彼らの社会や世界を描きます。その表現には決まった型や正しい方法があるわけではありません。他者の経験というのも調査者の目を通した事物事象であり、そこから解釈する彼らの社会も調査者の視点からなわけです。さらに、不均衡な力関係の中で他者を勝手に描いていいのかといった倫理的な問題もあります。たくさん文献を読み、確固とした研究のフレームワークをつくらないといけません。その中で他者を描くというのは、複雑で難しい作業ですが、そこが面白いと感じています。学術的な執筆作業ですが、他者を描いているときはかえって、深くて暗い海に素潜りするような文学的な感覚になります。

天幕と大石

トナカイの群れと牧夫





聞き手:現在大きなプロジェクト(学術変革A:ゆらぎの場としての水循環システムの動態的解明による水共生学の創生)に参画されていますが、今後どのようなことが楽しみでしょうか。

大石先生:学術変革領域研究A(計画研究)は、主に川や湖沼といった内水面や港を対象にしています。初めて会う研究者がたくさんいて、彼らと知り合いになることができるのが、楽しみです。いつか彼らと一緒にシベリアに行って、大河川流域の環境変化や漁業の研究をしたいと、狙っています。シベリアの淡水魚は人々の主要な食糧となっていますが、ここ数十年で個体数が急激に減っています。地方行政が漁の規制を行って、資源管理していますが、その影響が先住民の生活のための漁撈にも及ぶことが懸念されています。その原因は、産卵期の密漁、水質汚染、酸欠、自然な増減のサイクルなどと、さまざまに言われていますが、まだはっきりとわかっていません。私は、人がどう生きているかについては研究できますが、環境がどのように変化しているかや、魚の生態については明らかにできません。これからの研究では、個体数減少の原因を、生物学者や生態学者、水文学者、水質調査ができる研究者と一緒に調査してみたいと思っています。内水面環境と先住民の漁撈の両方のバランスを保つような資源管理策を現地の政府や住民に提示できるかもしれないと夢見ています。

聞き手:異分野の研究者とのコラボレーションはどのような点で望まれていますか?

大石先生:上の点以外ですと、今後は自分の毛皮の研究を展開させて、対象を世界に広げ、異分野の方と動植物などの資源利用を明らかにし、生態系や種との付き合い方を考える共同研究を組織し、動かしていきたいです。一緒に研究してくれる文化人類学や考古学だけでなく、哲学やファッション史、動物の福祉、畜産学、農業経済学、文化誌等の仲間を国内外で探しています。

聞き手:今後はどのような研究者を目指されますか。

大石先生:海外の研究者との学際共同研究を指揮できるようになりたいです。海外の研究所へ修行しにゆき、自身の力をつけるとともに、面白い研究をしている若手を見つけたいです。



関連リンク
 神戸大学HP
 researchmap
 北極域研究加速プロジェクト(ArCS II: Arctic Challenge for Sustainability II)
 科学研究費・学術変革領域研究(A)「ゆらぎの場としての水循環システムの動態 的解明による水共生学の創生(水共生学)」

コラム紹介
 株式会社三省堂辞書編集部 WORD-WISE WEB <Web>

 



2021年11月(配信)  聞き手:城谷和代,宮坂順子 文責:城谷和代

学術研究推進室

〒657-8501 兵庫県神戸市灘区六甲台町1-1
TEL:078-803-6527

Copyright ©2020 Office of Research Management, Kobe University, All Right Reserved.