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研究の紹介

研究者探訪


移民研究を国際的にリードされる坂井一成先生に、採択プロジェクトについてお聞きしました。移民との共生を巡る社会の諸課題の解決に、人文学・社会科学と自然科学の研究者、多様なステークホルダーとの協働により取り組まれます。


聞き手:この度はJSPS課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業(学術知共創プログラム)へのご採択おめでとうございます。プロジェクトの概要をお教えください。

坂井先生:日本を含む世界各国では人の国際移動の常態化が進み、移民との共生が日常化していますが、異文化との接触の増加は様々な摩擦をもたらし、社会的分断が深刻化してきています。本プロジェクトではこの現実を踏まえて分断を解消・予防し、逆に利益を生み出す構造に転換するための理論知を創出することを目的としたプロジェクトです。ホスト社会市民と移民とが互いにより良い生活を享受できる、「持続的多文化共生社会」モデルの提示を目指します。

聞き手:これまでのご研究から本プロジェクトへ、どのように発展されたのでしょうか。

坂井先生:本プロジェクトは、2016年度より日本・アジア・欧米の移民研究者と協働して取り組んできたJSPSの研究拠点形成事業「日欧亜におけるコミュニティの再生を目指す移住・多文化・福祉政策の研究」(以下、「前プロジェクト」)の成果を発展させたプロジェクトになります。これまで国内外の多くの研究では、移民が「一時的来訪者」として捉えられてきました。前プロジェクトを通じて、移民との共生が常態化してきたことや、移住・移民が重層化していること(これまで研究対象としてきた一時的な移民の他、以前から移住先に深くコミットしている移民をめぐる問題など)への考慮も必要であることが新たな課題として明らかとなりました。今回の新規プロジェクトでは、他国からの移住・移民との接触が既に社会に浸透していること(ストック)と、一時的な移住・移民の現象も絶えず加わっていること(フロー)の両方を捉えながら、ホスト社会のメンバーと移民との共生について研究します。
 移住後の時間経過によって、移住者の資格(例えば帰化することや、永住権を取得することなど)やアイデンティティは人によっても世代によっても違うと考えられ、そういったグラデーションも考慮しながら研究していきます。

研究拠点形成事業シンポジウム(2017年2月)

聞き手:自然科学の研究者との学際研究プロジェクトはどのように生まれたのでしょうか。

坂井先生:前プロジェクトで推進してきた人文学と社会科学による学際研究を発展させ、社会学、政治学、法学、言語学、音声学、教育学のコアメンバーと、コンピュータサイエンスとデータサイエンスの研究者との共同研究を骨格として作りました。JSPSの本事業の趣旨に沿い、自然科学の研究者との連携・協働をどう据えるか考えたことが出発点でした。幅広い自然科学のどの研究分野が、移民研究のどういうところにフィットするのかについて、国際文化学研究科の同僚と議論しました。そこでまず課題としてあがったのが、移民が日本に入ってきた時に初めに直面する壁は「言葉」で、この壁を乗り越えられるようなデバイスをつくる必要があるだろうということから話が始まりました。とはいえ、たとえば翻訳アプリは既に世の中に存在するので、より広くコミュニケーションを促すためのフォーマットとそれを使うためのデバイスが必要と考え、技術的側面でコンピュータサイエンスの専門家に入ってもらう必要があると考えるに至りました。
 また、政策研究において、日本における技能実習生の人権問題や、日本の難民受け入れ状況が諸外国に比べて著しく少ないことなどを取り上げるに際しては、客観性を重視した研究が必要だと考えています。人の移動に関わる諸問題について、例えば個々の移住者の生活収支の数字データなどがあれば政策にも説得力がでるだろうと考えました。また入国管理に関する点でいうと、人の流れを数字で示す必要があると思います。これらの点に関して、データサイエンスの専門家との共同研究の必要性があると考えました。

聞き手:多様なステークホルダーが参画する、異分野共創型のプロジェクトですね。

坂井先生:前プロジェクトは、あくまで国内外の研究者間の研究交流ネットワーク構築が趣旨でした。一方、本事業では、産業界、NGO、行政などの実務側のアクターの参画も期待されています。
 例えば、もともと個人的にコネクションがあったNHKとの協力を予定していますが、広くメディアの世界でのディスコース(言説)や報道の在り方を考える点で協働するのは生産的だろうと考えています。たとえばヘイトスピーチの排除、ホスト(日本)社会向け及び移民向けの情報の発信方法とコンテンツなど、公共空間としてのメディアの在り方が検討課題として考えられます。これに関して、例えばデータサイエンスの研究者によるTwitterで発信されるワードのテキストマイニングにより、移住・移民をめぐってどの国・地域からどのようなワードがでてくるかの比較解析は重要だと考えています。また、プロジェクトチームには映画学の研究者もいて、映画をメディアの一つとして捉え、その中での移民の描かれ方や社会での受容についての研究も行います。
 他にも、国際的な人の移動の一環として、観光も本プロジェクトの研究対象です。たとえば、ホスト社会の活力を維持するためインバウンドを恒常的に保持しつつ、他方でバルセロナやヴェネツィアのように過剰な観光客の影響で住民の住環境が悪化するオーバーツーリズムを回避する方策など、神戸市やバルセロナ市など行政との連携を想定しています。神戸市やバルセロナ市の多文化共生・国際交流に係る部署とのコネクションを活かせると考えています。

聞き手:本プロジェクトの将来展望として、日本社会でのゆがみが小さい段階である現時点で研究し、将来の移民の普遍的な理論値創出をお考えですね。

坂井先生:海外からホスト社会に入って長期にわたって生活していくと、移民の国内移動のみならず、ホスト社会に元々いた人が仕事を追われて国内のどこかに移住する状況もあると思います。ビリヤードボールのように、人の移動の流れと産業構造の変化には連関があると考えています。国内の人材移動には、ネガティブな面とポジティブな面の両方があると思いますが、ポジティブな例でいえば、人の移動により過疎化問題が解消されるかもしれませんし、移住先で新たな価値を生み出す存在になるかもしれません。例えば留学生が最新のバイオテクノロジー技術を身に着けて農村に移住し、新たな技術をその農村で普及させ、農村の繁栄に貢献することもあるでしょう。このように、国内での移住も視野に入れ、トータルで社会全体を考えて本プロジェクトを推進していきたいです。
 また、本プロジェクトで大切にしているキーワードの一つは、課題名にも入っている「持続性」です。ホスト社会がすごく魅力的で、絶えず外から人が訪れる社会を理想と考え、持続的な発展を目指したプロジェクトを実施していきたいです。
 

ナポリ東洋大学での講義(2017年2月)

パリ郊外サンドニ移民街(2020年3月)





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URA支援へのコメント:
本事業に限らず、これまでの科研費等の申請時の一連の支援を通して、申請書の書き方を勉強できました。特に、抽象的になりがちな研究調査方法の記載を具体化するのにURAのコメントがとても役立ちました。競争的資金の種類に応じて、審査で重視・評価される点の的確な指摘、書くべきことの適切なアドバイスが受けられることも助かっています。本事業では、自然科学を含む多様な分野の研究者や多様なステークホルダーとの協働が審査の大きなポイントの一つでした。申請前に、他部局で近しい研究をされている研究者の情報を提供してもらいました。採択後には海外の研究者との共同研究の足掛かりとなる情報、マッチングの場を提供してもらい、ありがたかったです。今後もマッチングの候補となる研究者やシーズの情報をいただきたいです。


関連リンク
 神戸大学HP
 researchmap
 Research at Kobe
 JSPS課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業
 JSPS研究拠点形成事業「日欧亜におけるコミュニティの再生を目指す移住・多文化・福祉政策の研究」



2022年3月(配信)  聞き手:平田充宏,城谷和代 文責:平田充宏

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