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研究の紹介

若手研究者探訪


寄生者(ハリガネムシ)が宿主をコントロールして川に飛び込ませることで,「魚が森の虫を季節的に食べやすくなる」,という新しいアイデアを提案され,寄生者が陸域(森)と水域(川)の生態系をつなぐことの意味について研究されている佐藤先生に,研究のきっかけや将来の研究展開についてお話を伺いました.



聞き手:渓流魚やハリガネムシに着目した研究をされるきっかけをお聞かせ下さい.

佐藤先生:幼少期に何度か親に連れて行ってもらった渓流で,川やそこに生きる渓流魚のきれいさに魅了されました.そんなこともあり,卒業論文では渓流魚をテーマとした研究を行いましたが,その頃はまだ研究者になろうとは思っていませんでした.博士課程を終える頃に,研究をやっていこうと思うようになりました.ハリガネムシを研究するようになったのも,ちょうどその頃でした.2005年に『National Geographic』に,フランスの研究グループの「ハリガネムシが宿主を操作する」という話が掲載されていて, これまでの研究で訪れていたフィールドで気になっていたものが,まさにこれ(ハリガネムシ)だ,と気付きました.2006年には,ハリガネムシが宿主から脱出するという話が『Nature』に掲載されたことや,2008年に生物量でも寄生虫は無視できないほど大きいという報告もなされ,ハリガネムシなどの寄生虫が生態系に与える影響は無視できないものとして注目されるようになりました(図1参照).

聞き手:渓流生態系に関するこれまでの先生のご研究の中に,ハリガネムシという視点(対象)も持たれたことで,大変素晴らしい成果を沢山だされていて,チャンスをしっかりとものにされている印象を持ちました.

佐藤先生:ラッキーなことに,渓流魚に関する別のテーマで研究していた川がハリガネムシの研究をする上でも絶好の研究サイトでした.これまでの研究に,ハリガネムシのストーリーをのせる感じでした.



聞き手:聞き手:現在行っておられる研究をお聞かせ下さい.

佐藤先生:ハリガネムシとその宿主たちの関係の多様さという視点から,四季折々に生物多様性や生態系の働きが変化していく仕組みを理解するような研究を目指しています.
私たちのこれまでの研究から,ハリガネムシが宿主を操作する季節には,渓流魚は非常にたくさんの森の虫(ハリガネムシの終宿主)を食べて大きく成長することが明らかになってきました.また,森の虫を大量に食べるため,渓流魚は,川の中の水生昆虫をあまり食べなくなります.そのせいで,水生昆虫の個体数が増えたり,それによって水生昆虫に食べられる藻類の生息量が減少したり,逆にたくさんの水生昆虫によって落葉の分解速度が速くなったりすることも,大規模な野外実験でわかってきました.ハリガネムシ類の存在が,季節的には川の生態系全体にまで大きな影響を及ぼしていたわけです.
一方で,日本全国でハリガネムシの生息調査をしていると,ハリガネムシは,種によってカマドウマ・キリギリス類に寄生したり,徘徊性甲虫類に寄生したりしていることが明らかになってきました.ここで興味深いことに,カマドウマ・キリギリス類に寄生したハリガネムシは,終宿主を秋に操作して,川に飛び込ませるのに対して,徘徊性甲虫類に寄生したハリガネムシは,終宿主を春に操作して,川に飛び込ませます.渓流魚はその人生(生活史と言います)の中で,四季折々に食べられる餌の量に応じて成長し,繁殖する年齢や回数を決めています.そのため,ハリガネムシを介してどの季節にたくさんの終宿主を食べられるかで,その魚の生活史は大きく変わる可能性があります.そのことは,渓流魚の個体数がどのように変化するかに大きく関わり,ひいては川の中の生物多様性や生態系の働きを形作る大きな要因になっているかもしれません.
そのような考えの正しさを検証するために,京都大学フィールド科学教育研究センターの和歌山研究林にお世話になり,森の虫が川に入ってくる季節を実験的に大きく変えて(=春にたくさん投入する実験区と夏にたくさん投入する実験区),渓流魚(アマゴ)の生活史の多様性や個体数の年変動を調べる大規模な野外実験を開始しています.同時に,全国各地の大学研究林・演習林との共同で,ハリガネムシとその宿主の関係が,緯度に沿ってどのように変わっているのかを明らかにする生物多様性モニタリングを進めています.北は北海道大学北方圏フィールド科学センターの天塩研究林から,南は琉球大学の与那フィールドまで,全国10サイトで季節を通したモニタリングを継続していただいており,そのおかげでハリガネムシ類のような見過ごされてきた生物の多様性や,それが生態系の中で果たす役割について,少しずつ分かってきています.



聞き手:将来的な研究展開についてお聞かせ下さい.

佐藤先生:群集生態学のメインの研究は,どういう生物群集が時間的に安定しているかを明らかにすることです.現状ではこのことに関する理論的研究はありますが,一方で実証データはありません.論理的には不可能かもしれませんが,実証や実験を試みることには価値があると思っています.もう少し短いスケールで季節的につながることのメカニズムを明らかにし,そこから数理モデルで長期的なダイナミクスを想像することはできるかもしれないと考えています.また,データを蓄積して次世代につなげることも考えています.例えば大きめのビニールハウスの中央に川を作って,周りに木をはやして20年くらい継続的に観察できればとも考えていますが,なかなか難しそうです.

   


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2017年1月(配信)  聞き手:犬伏祥子,寺本時靖 文責:城谷和代

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