2024年12月10日
日本の北極政策2015-2025:ロヴァニエミ・ワークショップを開催しました!

2024年9月20日~21日、ArCS II国際法制度課題とフィンランドにあるラップランド大学北極センターが共催し、日本学術振興会(JSPS)科研費海外連携研究「ルールに基づく極域国際協力の再構築」の助成を受けて、「日本の北極政策2015-25:次の10年への示唆」が開催されました。ロヴァニエミ・ワークショップには、ArCS Ⅱと上記科研プロジェクトの研究者7名、神戸大学GSICS大学院生の本文筆者で構成される日本チームと、専門的意見を提供するために招へいされた海外専門家およびゲスト参加者の合計25名が対面およびオンラインで参加しました。ワークショップでの検討結果は、ArCS IIブリーフィングペーパー・シリーズの「ポリシー・ブリーフ」として日英両言語で出版される予定です。また、2024年9月24~25日にスウェーデンのエステルスンドで開催された第17回極地法シンポジウムでもセミナーを企画し、ロヴァニエミ・ワークショップの報告を行いました。
『我が国の北極政策』が発表されてから10年が経ち、さらにロシアのウクライナ侵攻の継続による世界的、特に北極域における地政学的状況の変化を踏まえ、ArCS II 国際法制度研究課題チームは、過去 10 年間にわたる日本の北極政策の実施状況を学術的かつ客観的に検証し、変化する北極域情勢の中で進むべき道を示唆する必要があると考え、今回のレビューを企画しました。まず、我が国の北極政策の中で、日本が北極ガバナンスに関与ないし貢献する、ないしできるとする要素を洗い出し、その要素毎に、日本政府ないし日本の北極ステークホルダーの関連する実行・実践を収集・分析しました。ワークショップではこの分析結果を表にして提示し、分析担当者から簡単に説明した後、集まった海外専門家からのコメントを得ました。本文筆者は、「法の支配」を通じた北極ガバナンスへの日本の貢献につき、特に日本の外務省が公表している『外交青書』を分析した記述を担当しました。

ワークショップは、ヴオリマキ・フィンランド北極担当大使兼北極高級実務者の挨拶で始まりました。ヴオリマキ大使は、北極に関するフィンランドと日本の二国間協力や、日本が北極評議会のオブザーバーとして積極的に貢献していることに触れ、今回のプロジェクトとワークショップの意義を高く評価されました。また、在フィンランド日本国大使館の長野専門調査員もワークショップに参加し、岡田駐フィンランド日本大使からのメッセージを代読しました。
ディスカッションでは、ラスムス・ベルテルセン教授とティモ・コイブロヴァ教授から、北極圏の文脈における「安全保障」という用語の使い方や、北極圏における「安全保障」の状況の変化を、2015年の文書を分析するポリシー・ブリーフの背景としてとらえるべきか否かについてのコメントなどがありました。このようなコメントは、日本側チームにとって、全体を再考し、再構成する上で具体的な示唆をもたらしました。

またベッツィ・ベーカー博士は、北極への太平洋ゲートウェイにおける日本の研究の強みを強調し、新しい砕氷調査船「みらいII」が間もなく就航することにもみられるような、科学および後方支援における強みが、北極における国際協力への日本の関与により効果的に活用されるのではないかとコメントしました。また、カムラル・フセイン教授からは、先住民の権利に関する日本の国内政策と対外政策の関連性について重要な指摘がなされました。また、本ワークショップに対面で参加した韓国海洋研究所のダンビ・ウム主任研究員は、韓国における北極政策更新の経験を共有しました。最後に、アイスランドのアクレイリ大学・ナンセン教授のロマイン・シュファール博士より、ポリシー・ブリーフに強力な提言を盛り込むことの重要性が改めて強調されました。質疑のなかでは、気候変動や地政学など、現代社会が直面する問題に関する意見も多く出され、現代的視座をアップデートしつづけながら法・政策に取り組まなければならないことを改めて実感するような議論の場となりました。

稲垣研究員企画のセミナー(上)と⽇本からの参加者集合写真(下)

その後、我々は、フィンランド・ロバニエミから、スウェーデンのサーミ族の地にあるエステルスンドに移動し、Mid-Sweden大学で開催された第17回極地法シンポジウムに出席しました。ここで、日本の北極政策のレビューに関してさらなるフィードバックを得る機会を得ました。稲垣 治PCRC研究員が企画した“Japan’s Arctic Policy: A Decade of Implementation and Its Future Improvements”と題したセミナーでは、コメンテーターにコイブロヴァ教授、ロマイン・シュファート博士、柴田センター長を、またモデレーターに木村仁美・大妻女子大学准教授をお招きし、日本の北極政策の3つの側面(北極評議会への貢献、先住民との連携、法の支配)に焦点を当てた内容についての発表し、意見交換を行いました。議論では、日本がいかに北極評議会の活動により貢献できるのか、特に持続可能な開発ワーキンググループ(SDWG)に焦点を当てて示唆を得ることができました。また、現在の厳しい状況下で、日本が科学技術外交の手段としてどのように北極評議会を活用すべきかについても話し合われました。本文執筆者は、日本の南極政策について研究発表を行いました。
今回の2都市における議論や報告は、日本の北極政策を中心に、北極全体や世界全体が直面する課題を見据えた知見が得られる貴重な機会となりました。なお、ロヴァニエミ・ワークショップの会議報告書は、岩間文香・稲垣治・來田真依子・Medy Dervovicの共著として英文で、オンライン学術雑誌 Current Developments in Arctic Law, Vol.12 (2024)にも発表されています。
文責・岩間文香(神戸大学GSICS修士1年)
2022年3月30日
第14回極域法国際シンポジウムにおいて、ArCS IIを中心とした北極国際法政策研究の成果を示すことができました!

第14回極域法国際シンポジウム(PLS)が、2021年11月21日から23日まで現地(神戸大学出光佐三記念六甲台講堂)とオンラインのハイブリッド形式で開催されました。昨年の雪辱を期して、ようやく神戸大学にPLSを物理的に招致することができましたが、コロナ禍の影響で厳しい出入国規制が続く中、海外から来日する参加者はほとんどいませんでした。それでも、世界中から331人の参加登録を得て、計54件のライブ口頭発表、計13件のオンラインポスター発表が行われました。その中には、ArCS II国際法制度課題メンバーによる17件、ArCSⅡ課題連携による5件の研究発表が含まれています。

ブリーフィングペーパー・シリーズ第7号
本シンポジウムの企画には、ArCS II国際法制度課題メンバーが中心的に関わり、ArCS II自然科学系課題からも榎本浩之教授(NIPR)、杉山慎教授(北海道大学)に企画委員会に参加してもらいました。加えて、米国Wilson Center Polar Instituteの後援を得て、元国務省極域担当次官補のEvan Bloom研究員からも助言を得ることができました。その結果、海洋環境、先住民族の人権、生物・非生物資源開発、航路やガバナンスに関わるトピックで、自然科学系と社会科学系の課題間連携携を意識したプログラムが出来上がりました。最終プログラムはこちら 。また、若手育成の観点から、世界中から多くのEarly-Career Scholarsも企画に加わり、またフェローとしてシンポを支えました。PLSは、PCRCにとってもArCS IIにとっても、世界の有望な若手研究者の発掘の場になっています。具体的研究成果としては、北極海洋酸性化に関するブリーフィングペーパー・シリーズが発表されています。

セッションの様子
今次シンポジウムの目玉は、なんと言っても、小坂田裕子教授が座長を務めて開催され、一般市民にも公開し同時通訳が付いたセッション「先住民族の権利の保護と促進:日本と北極域の事例から」でしょう。PLSの生みの親の1人である元アクレイリ大学教授のグドムンドール・アルフレッドソン教授による基調講演では、1991年の国連事実調査委員会のメンバーとして日本のアイヌ民族のもとを訪れた際の様子を振り返り、国際人権法と国連の人権保障制度がどのようにアイヌの人権促進に影響を与えてきたのかについて解説しました。当時の調査結果報告書は未だ公開されていないため、今回、その調査報告書に基づいて世界で初めて研究報告が行われた貴重な講演です。続くパネルディスカッションでは、自らアイヌ民族である鵜澤加奈子氏(北海道大学)、北極先住民族を文化人類学の観点から研究する永井文也氏(ブリティッシュ・コロンビア大学)からも報告が行われました。質疑では、アイヌをはじめとする先住民族がその権利を実現するためには、国連の人権保障制度も利用して多くの判例法を確立する必要があることが指摘されました

セッションの様子
ArCSⅡでは、持続可能な北極社会の構築に日本が貢献するために、自然科学分野と社会科学分野の課題間連携による研究推進が重視されています。今次シンポでも課題連携を試みるセッション・パネルが多く立ち上がりました。まず、海洋酸性化問題について国際法学的研究を続けるティム・スティーヴンズ教授 (オーストラリア・シドニー大学)と、極域での海洋酸性化のメカニズムを探る観測と研究を続ける原田尚美氏 (海洋研究開発機構)が、柴田センター長が座長を務めるセッション「人新世における極域ガバナンス:海洋酸性化を題材に」において、それぞれ最先端の知見を披露し議論を展開しました。北極域では、科学的知見の蓄積とガバナンスの面で北極評議会作業グループなどがリーダーシップをとっているが、その対策には地球規模での海洋酸性化の複雑な科学的プロセスや原因の更なる解明と、国際社会全体での対応が不可欠であることが明らかになりました。

北極科学協力をどう具体的に促進するか、調査観測の面での必要性や障害及び困難、科学者の必要性を踏まえて国際的な北極科学協力がよりスムーズに行われるための国際法政策のあり方などにつき議論するセッション「北極域における政策・法・科学の連携のあり方」も、課題連携を意識したものです。榎本教授より、第3回北極科学大臣会合(ASM3)の成果につき報告が行われた後、ポール・アーサー・バークマン教授(ハーバード大学、モスクワ国際関係大学)はASM-4に期待すること、アレクサンダー・セルグーニン教授(サンクトペテルブルク大学)は、ロシアにおける北極科学協力協定の実施状況等について、柴田センター長は、ASMと北極科学協力協定との相乗効果を得る方策について、それぞれ報告しました。他にも、北極域におけるプラスチック汚染問題を議論する2つのパネルでは、豊島淳子氏(笹川平和財団海洋政策研究所・海洋生態学)と瀬田真准教授(横浜市立大学・海洋法)が、プラスチック汚染をめぐる科学的調査の動向と新たな世界規模の条約作成を含む法的対策の進捗状況について、岡松暁子教授 (法政大学・国際環境法)と綿貫豊教授(北海道大学・海鳥生態学)が、北極の海鳥を中心にした北極評議会CAFF作業グループの最新報告書の科学的及び国際法的意義について、研究報告が行われました。今後の国際的な規制制度が構築される可能性がある中で、その過程でも科学的エビデンスの標準化や制度化が課題であることが指摘されました。

第14回極域法国際シンポジウムの一部の講演・セッションは、『南極・北極公開講演会ウィーク~文系が探求する世界~』として、日英同時通訳付で現地とオンラインで一般公開されました。社会還元として日本の一般の人々にも極域における最先端の学術研究に興味をもってもらうための新しい試みです。また、第14回極域法国際シンポジウムでの研究報告を中心に編纂されるYearbook of Polar Law第14巻は、柴田センター長とPCRC学術研究員のYelena Yermakova博士が特別編集代表となって、発刊されます。
<関連情報>
第14回極域法国際シンポジウム公式ホームページ
<https://www.research.kobe-u.ac.jp/gsics-pcrc/2021polarlawsymposium.org// >
2021年7月26日
ArCS II国際法制度課題 第2回研究会「北極科学協力協定の意義再考:第2回実施会合に参加して」をオンラインで開催しました!
2021年6月25日、柴田明穂センター長(国際法制度課題代表者)は、「北極科学協力協定の意義再考:第2回実施会合に参加して」と題して報告を行い、課題メンバーと活発な議論を行いました。(ArCS II専門家派遣報告書はこちらから閲覧できます )。

米国国務省ホームページから引用
報告では、本協定を学術的に分析する国際法政策的意義につきまずまとめられ、その後、協定第12条に基づき開催される「協定実施検討会合」の位置づけと第2回会合で議論された2つの実質事項、すなわち同会合の手続規則になり得るTerms of Reference案と違反事例(alleged violations)の通報制度案の議論状況につき紹介がありました。
質疑では、まず第1条(用語及び定義)については、本協定が第三国に権利を与えるものではなく、日本のような非締約国の研究者にとっては締約国の研究機関と手を組まなければ本協定の対象とはならないことを確認した上で、本協定の適用範囲として国家管轄権内と管轄圏外を同一に扱うことの意義と問題点について議論が行われました。ここでは、例えばIGA外から出発して北極海(IGA内)で観測する船については、国の許可は不要であるものの締約国にはIGA内における科学活動を円滑にする義務が生じるため、本規定が非締約国にとっても一定のメリットがあることが確認されました。
そして、本協定とその実施過程における先住民族の関与や位置づけにつき議論が展開しました。先住民族は北極科学協力協定をどのように捉えているか、との質問については、協定内に第9条(伝統的及び地域的な知識)の規定しかないことについては先住民への配慮が十分でなかったとの批判もないわけではないが、先住民の関与が低いと言われる理由には、本協定の性質が科学者に対して便宜を図る努力義務を定める内容であることも関係しているとの説明がありました。それに関連して “Alleged Violation”とは誰による違反を想定しているのか、それが中央政府なのか、それとも(先住民を含む)現地での妨害等も想定しているのかによって規定の意味が変わってくるとの指摘がありました。
次に協定第7条が規定するデータへのアクセスについて、本協定の有意義な効果が期待されるものであり、実施検討会合においても注目されていたことが報告されました。この点につき、データへのアクセスをオープンにする義務と締約国が裁量で制限する権利との対立の可能性について質問がありました。この点については、非締約国である日本にとって重要なのは日本人研究者が北極で得たデータが日本で使えること、そして日本で衛星等を使って得られた北極に関するデータを公開することであり、その両方を確保することによって締約国・非締約国間のオープンアクセスを確保にすることが重要であるとの見解が示されました。
更に、本協定の性質から考えた長期的な展望について議論が及び、この協定が、これまで通り枠組み的な条約として、非政府を主体とする協力関係として続くのか、それとも、政府の関与が強まっていくことも考えられるのか、については、本協定が科学者間・研究機関レベルの協力体制の妨げになってはならないが、研究協力を推進するためのルートはたくさんあった方が良いこと、そして本協定が条約として存在していることに意義があり、本協定っだから実現できる協力関係を強化することが重要であるとの見方が示されました。特に今後は、データへのアクセスを確保することが本協定の存在意義の一つになり得るとの意見がありました。
以上のように、本研究会での活発な質疑によって、北極科学協定の規定には、協定の性質や権利義務の主体と対象範囲について、解釈に幅があることが明らかになりました。非国家主体の協力関係が円滑に進んでいる間は特に問題にはならないとしても、今後、国家主体の関与が強まることがあれば、国際法規範として存在す本協定の規定ぶりが締約国及び非締約国にとって重大な意味を持つことも考えられます。非締約国でありかつ北極科学を積極的に実践している日本としては、北極における開かれた科学活動を推進する立場から、科学協力の具体的な実践を観察しつつ、オブザーバーとして本協定に関する交渉をフォローすることが重要であると思われます。